第3回「おい・おい」最優秀賞 ものぐさのススメ 北村しえり


最優秀賞
ものぐさのススメ
北村しえり(千葉県・71歳)
年末といえば、この一年の垢を落とし、来るべき年に備えて準備をする忙しい数日間をいうのでしょう。そうだとしたら、この定義が私に当てはまったのは真っ当に家族と付き合いをしていた頃までです。
熟年離婚をして独り暮らしをする七十越えの女にとって、それは記号のようなただの年の終わりでしかありません。そこでここはひとつ、子供のころに戻って眠っていた「ものぐさ」を発動させてみることにしました。今では宿題に追われることもなく、ソファに寝そべって年末のテレビ番組を視聴しながらせんべいをかじる。まだそんな歯が残っていることに感謝しつつ、死んでもいないのに「ああ、極楽極楽」とつぶやいてみたりもします。
なんでもかんでも老いたせいにして、言い訳ができるのも「ものぐさ」には嬉しいことではないでしょうか。目が悪くなったので、「年賀状」は失礼します、年金で細々と暮らしているので「おせち」も「お年玉」も用意しません。それに狭い団地の我が家、自分が座る場所さえきれいならそれで良し。大掃除はいたしません。
たとえものぐさでも踏み台に載って古びた電球を替えることくらいはします。けれどこれが最大のリスクなのです。踏み台から落ちて骨折する確率も高くなりました。物事には、もっと言えば人生には、いいことばかりはありません。などと、大上段に構えて分かった風なことを言ってみたくなるのも老化なのかもしれません。
普段通りに過ぎていく独り暮らしの年末年始はなんてありがたい日々でしょう。特別に入用な出費もありません。おかげさまで健康です。ああ、なんでもかんでもありがたいありがたい。このあふれ出る感謝の気持ち、不満だらけの若いころにはありませんでした。
ボーナスという名の収入もない代わり、クリスマスプレゼントもお歳暮も、一切合切私には関わりありません。欲しいという本能も与えたいという博愛すら、もはや記憶の中でたゆたうばかり。今はわがままな「個」に戻って、過ぎ行く年を見送り、来るべき年を迎えています。なんと透明で清らかな余生でありましょうか。
独りぼっちは寂しいでしょ、孤独死は不安でしょ、人は一人では生きられない。どこかでささやく声がします。けれど、耳が遠くて聞きとれません。痰が絡んで「大きなお世話だよ」と声を荒らげることもできません。何か大きな掌の上にいて「ものぐさの道」を進んでいると、静かに年は暮れゆき、そしてやがて明けてゆくのです。
(了)