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第3回「おい・おい」優秀賞 二つのおせち 西尾充史

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おい・おい
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結果発表
優秀賞

二つのおせち
西尾充史(北海道・58歳)

 

 家族そろって年越しする大晦日を両親はとても大切にしていた。そのため、その夜には一年中で最高のご馳走が用意される。鍋や寿司、カニやボタンエビやローストビーフ。それに加えて北海道では大晦日から食べ始めるおせち。テーブルの上は立錐の余地もない。
 メニューを決めるのは母の役目であった。父が先立ち、一人暮らしとなった後も、十一月くらいから、「今年は何が食べたい?」と準備に余念がなかった。加えて、おせちが掲載されたチラシを集めてきて、念入りに選ぶこと。これも年に一回の楽しみだった。
 九年前の大晦日、実家で一緒にテレビを見ていると、おせちが到着した。ご苦労様でした、と受け取り、「おせち、来たよ」とテーブルの上に置く。いつもならすぐに中身を確認する母だが、この日はソファーから動かない。少し不思議に思いながら、テレビを見続けていると、もう一度インターホンの音がする。玄関には、おせちを持った別の宅配業者。「間違いではないですか?」というと、「いえ、こちら、注文されています」
 怪訝に思いながらも、とにかく受け取り、居間へ戻ると、「来た来た!」と母の顔がぱっと輝いた。おもむろに、二つのおせちをテーブルに並べだし、「どっちも美味しそうで、両方頼んじゃった」と笑う。既に手配してある寿司、刺身、鍋。どう考えても食べきれる量ではない。つい、声を荒らげそうになって母を見ると、目を輝かせて、メニュー表と一つ一つの料理を突き合わせている。その表情は、ねだっていたものを手に入れた子供のようだった。ぐっとこらえて、横に座り、美味しそうだね、と話しながら、品評会につきあう。
 その夜は、姉夫婦も加わり、にぎやかな宴となった。二つのおせちは交互に食卓に載り、母は「美味しいね、きれいだね」と言いながら、好物をつまんでいた。
 子どものときになかなか買ってもらえなかったお菓子を「大人買い」してみると、どうしてあんなに憧れていたのだろう、と少し寂しく思うことがある。分別を持つようになると、夢はいつまでも夢であった方が良いのかもしれない。
 八十歳を過ぎた母は、童心に返って、心行くまでおせちを「大人買い」したかったのだろうか。スマホには、一緒に過ごせた最後の大晦日の思い出として、テーブルに並ぶ二つのおせちに顔をつけんばかりに近づけて吟味する母の写真が残っている。
(了)