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第3回「おい・おい」選外佳作 正月飾り 橋本楓

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おい・おい
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結果発表
<選外佳作>

正月飾り
橋本楓(神奈川県・36歳)

 

 いまから五年前の十二月二十八日の夜。電話で母が激怒した。
 電話の相手は祖母だ。母方の祖母はその八年ほど前から物忘れが激しくなり、訪問看護師やヘルパーさんのサポートを受けながら自宅で暮らしていた。
 当時、コロナ禍で母も私も会いに行くのは難しい状況だった。母は毎日、電話をかけていたのだが、穏やかに終えられるのはまれで、通話はしばしば二、三時間にも及んだ。たいてい、激しい言い合いとなって、母により一方的に切られるのだ。
 同じ部屋にいる私としてははらはらしていたのだが、そのあと、怒涛のように母からあふれ出す祖母への愚痴を聞く時間もなかなか消耗するのだった。
 その日は、正月飾りを祖母がかけ忘れたことで母の怒りが振り切れた。
「なんで忘れるの! 昨日あれほど電話で言ったじゃないの!」
 二十九日に飾るのは「苦」がつく、大晦日に飾るのも縁起が悪いという言い伝えを気にしている母は続けた。 
「明日は飾れないわよ。大晦日も駄目。もしも、三十日に忘れたらこのお正月は飾れなくなるんだからね、どうするの!」
 母は電話を切ると、私に向き直って、同じ話をするのだった。正月を祝う気持ちはみな同じようにあるのにどうもかみ合わない。
 そして、迎えた三十日。私が祖母に電話をかけることになった。
「もしもしー、いま、ちょっといい?」 できるだけ気楽な調子を装って続けた。
「お母さんから伝言なんだけど、お正月飾り、飾った?」
「あ、忘れてた」電話の向こうで祖母は明るく笑った。
「じゃあ、ゆっくりでいいから、いまからかけてきてくれる? 待ってるから」
 数分後、祖母が電話口に戻ってきた。
「かけたわ」
 正月飾りを無事に済ませたと知り、母は大いに喜んでいた。
 新年、その飾りを外すタイミングで、「まだ取ってないの! みっともない!」と母はまた怒ることになるのだけれど。
(了)