第3回「おい・おい」選外佳作 焼き豚 神澤雅月


焼き豚
神澤雅月(埼玉県・51歳)
母が料理好きではないことを知ったのは、母が認知症になってからのことだ。それまで私は、母は料理に自信があるものと思い込んでいた。私が料理をしようものなら「手際が悪い」だの「切り方が下手」だの散々けなし、最終的には「お母さんに代わってごらんなさい」と自慢げに見せられ、最後まで作らせてもらえることはほどんどなかったからだ。
実家では年末になると、正月に向けて栗きんとんとお煮しめ、焼き豚を母が手作りしていた。特に焼き豚は業務用スーパーで買ってきた特大サイズの豚バラ肉を切り分け、正月中には食べきれないくらいの量を作っていた。母の作る焼き豚は濃いめの味付けで、人気ラーメン店のチャーシューと言ってもいいくらい美味しかった。私が結婚してからも年末になると必ず、私の分も作り、持ってきてくれたものだ。
孫が小学生になると季節を問わず、作っては持ってきてくれるようになった。それはだんだんとスパンが短くなっていき、下の子が中学生になった頃には毎週のように持ってくることもあった。たしかこの頃からだ、母が同じことを何度も繰り返し言うようになったのは。
認知症になった母と同居を始め、食事は私が作るようになった。初めは母も一緒に作ろうとし、昔のように私に何かを言いたそうだったけれども、私ももう結婚して二十年近く食事を作っていたのだから言うべきこともなく、やがて私に任せるようになった。そして夫にボソッと「私、料理好きじゃないのよ」と言ったらしい。けれどもその陰では父に「もう私がこの家にいる理由がないから出ていきます」と騒いでいたようだ。
結局、同居は私にとっても両親にとっても負担でしかなく、二年で解消することになったのだが、その頃にはもう母は料理をすることができなくなっていた。今ではコンロの火をつけることもできない。
毎週のように焼き豚を作っていたのは、認知症の始まりの症状だったのだろう。今、母を真似して作ってみようかとも思うが、たこ糸で縛る作り方は私には手間がかかりすぎて手が出ない。おせちの焼き豚は、料理が嫌いだったかもしれない母が、それでも娘と孫に作ってあげたい自慢の料理だったのかもと思うと、素直に「美味しかったよ、ありがとう」と言えばよかったと今になって思う。
(了)