第3回「おい・おい」選外佳作 母の「お正月」 団くるみ


母の「お正月」
団くるみ(神奈川県・58歳)
近所に住む母は認知症を患って久しいが、私との同居も公共のサービスも拒み、一人暮らしを続けている。
幼い頃に父親を亡くし、継父や異父兄弟に気を使いながら思春期を過ごした母、「早く家を出たい」と、二十三歳で同郷の父と見合結婚したが、亭主関白でわがままだった父との生活は苦労も多かったに違いない。
「年末年始は大変。忙しくてイヤになるわ」
毎年、年末が近づくたびに母がこぼしていた言葉だ。律儀な母はお正月の準備に手を抜かない。十二月に入ると、冷蔵庫に手作りのカレンダーが張られ、大掃除や料理の予定が書きこまれていく。父は家のことを何もしない人だったので、買物を含めすべてを一人で仕切っていた。
「お節というのは、女が正月に料理しないで楽をするためのものなんだぞ」
毎年、父がお屠蘇を飲みながら赤ら顔で説明するのを母は白けた顔で聞いていた。酒好きの父はお節以外に食卓に酒のつまみになる御馳走が並んでいないと不機嫌で、三が日、母がゆっくりしていた姿を見たことがない。その反動だろうか。私と兄が独立し、父が亡くなると年末年始は一人で旅行を楽しむようになった。
「お正月にゆっくりするのが夢だったの」
以来ほぼ十年、糸が切れた凧のように羽を伸ばす母の姿に、幼い頃からの苦労を思った。
先日、猛暑が続く中、ふと、母が言った。
「もうすぐお正月だねえ」
日にちも曜日も忘れてしまう母は季節の感覚も時に飛んでしまう。「まだ八月だよ」と返そうとした瞬間、フフッとほほ笑んだ。
「そろそろ、お節の準備をせんといけんね」
その幸せそうな笑顔にホッとした。母にとってのお正月の記憶は、ひとりで楽しんだ旅行ではなく、家族のためにお節を作り、家族団らんで過ごしたもののようだ。そして、それは嫌な思い出ではなかったようだ。
認知症になって、たった今のことも思い出せなくなってしまう母だが、感情の感覚だけは残っているのを感じる。さらに昔のことはよく覚えていたりするのだ。
「お母さんのお節、美味しかったなあ」
そう言うと、嬉しそうに何度も頷く。なんだかんだ言っても料理が大好きな母だったが、今では台所に立つことはほとんどない。
ここ数年、お節は市販のもので済ましているが、今度は作ってみようかな、母と一緒に。
(了)