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第3回「おい・おい」選外佳作 焦げ付いたカレンダー 四つ足ライオン

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おい・おい
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結果発表
<選外佳作>

焦げ付いたカレンダー
四つ足ライオン(埼玉県・41歳)

 

 大晦日の夜、僕は一人フライパンを握っていた。結婚して初めての年末年始だが、妻はインフルエンザで寝込んでいる。せめて正月らしくと「伊達巻」に挑んだが、ひっくり返すのを失敗し、鮮やかな黄色は焦げつき、無残にも茶褐色になった。三十路を過ぎてまともな料理一つ作れない不甲斐なさにため息が漏れる。
 子ども時代、年末年始は安らぎのときではなかった。精神疾患を患う叔父の介護は、なぜか子どもの僕の役割だった。親戚が集まる中、僕はいつ爆発するか分からない叔父の隣で息を殺していた。母は「家のことはいいから」と言った。優しさのつもりだろうが、僕には「資格がない」という評価に聞こえた。僕は家族の輪から弾き出され、家事そのものに深いコンプレックスを抱くようになった。
 皿の上で焦げた伊達巻が湯気を立てる。寝室から妻の咳が聞こえた。彼女もまた、家事に傷ついた一人だ。幼い頃から家事を背負わされ、「できて当たり前」という減点評価に心をすり減らしてきた。そんな二人が夫婦になり、互いの傷を「評価」せず「鑑賞」し合うと決めた。僕たちの新しいカレンダーは、まだ始まったばかりだ。
 僕は焦げて歪な伊達巻を小皿に乗せ、お粥と共に寝室へ運んだ。
「ごめん、おせちの真似事をしようとしたんだけど……焦げちゃった」
 妻はゆっくり体を起こし、それを一口食べると、ふっと力なく笑った。
「……甘いね。美味しいよ。私のために、挑戦してくれたんだね」
 その一言が、僕の歪んだ時間を肯定した。ああ、そうか。完璧な重箱を用意することだけが家族の行事ではない。誰かのために不器用に台所に立ち、季節の味を作ろうとする「挑戦」こそが、かけがえのない「ケア」であり、家族の証なのだ。
 僕が長年したくてもできなかったこと。それを、僕は今、新しい家族のために始めている。
 焦げついた伊達巻は、僕たちが不器用に、けれど確かに積み重ねていく、新しい日々の象徴に見えた。
 窓の外では、新しい年を告げる除夜の鐘が、静かに鳴り響いていた。
(了)