第16回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 英樹の悲劇 齊藤想


第16回結果発表
課 題
悲劇
※応募数424編
齊藤想
英樹はいつも悲劇に見舞われる。
靴下を洗濯すると片方だけ失くす。集合写真は自分だけブレる。急いでいるときに限って電車が遅れる。
学生時代は「悲劇」と言っても笑ってすませられるレベルだった。ところが、年齢を重ねるたびに、悲劇のレベルがパワーアップしていく。
新しいアパートに引っ越すと火事になる。就職した会社は倒産する。嫌な予感がすると思いながら足を向けた店は強盗の被害にあう。
いつのまにかに悲劇エピソードが拡散されて、気が付いたらネット上で「英樹の悲劇」と命名されてしまった。
あまりに有名になりすぎて、怪しげなエージェントが英樹の元にやってくる。彼らは英樹の前に大金を積む。
「あの伸び盛りの会社に就職してくれ」
「一日でもいいので、海沿いにある高級タワマンに住んでくれ」
「人気ソシャゲにログインしてくれないか」
もちろん、彼らの目的は英樹の力で悲劇を引き起こすことだ。ライバルを蹴落とし、不当な利益を得ようとしている。
悲劇を利用されるのはまっぴらだ。
英樹がエージェントの申し出を断ると、今度は有名投資家がやってきた。彼は大金をチラつかせて英樹に懇願する。
「自分の持ち株を絶対に買わないでくれ。あんたが買うと下がって迷惑だ」
ここまで言われると、少し意固地になる。
大金を押し返した上で、あえて有名投資家が持っている株を購入した。ところが、それが有名投資家の狙いだった。暴落した株を買い増し、大儲けをネットで報告していた。
英樹の元には、暴落した株を持っていた投資家からの誹謗中傷が集中する。
「英樹のせいで大損だ」
「自殺者がでたら、英樹のせいだぞ」
「英樹に巻き込まれて散々だ」
すでに、自分の名前が災害と同義語になっている。英樹はスマートフォンを投げ捨てた。指の震えが止まらなかった。
人間不振に陥った英樹は、人里離れた山に籠った。ここなら誰にも迷惑を掛けない。
その考えは、甘かった。
夏の豪雨で土砂崩れが発生し、ふもとにある集落が丸ごと埋もれた。翌年には突如として山が噴火して、集落どころか県全体に火山灰が降り注ぎ、農作物が全滅した。
「英樹の悲劇」はますますパワーアップしている。もはや、自殺するしかないのか。
悩める英樹に、政府機関から救いの手が差し伸べられた。
「英樹君のために、悲劇を生まない無人島をプレゼントしよう」
その代償として、政府機関は某敵国に一週間ほど滞在することを命じてきた。
英樹は断ろうとしたが、よくよく考えると最後のチャンスかもしれない。絶海の果てにある無人島なら、迷惑のかけようがない。悲劇も生まない。
英樹は決意すると、VIP待遇で某敵国へと向かった。余計な悲劇を生まないために政府専用機をひとりで使い、政府専用車もひとりで運転して、できるだけ人が少ない地域を回った。
これは仕事だ。いくら敵国でも、余計な悲劇は与えたくない。
某敵国は奇妙なVIPの登場に、英樹の正体を知りたがった。政府高官が出席するパーティーへの誘いもあったが、全て断った。これも余計な悲劇を生まないためだ。
あまりに不可思議な行動に、某敵国から政府にたび重なる問い合わせがあった。政府は「高貴なお方のご落胤のお忍び旅行」という強引な理由で押し切った。
英樹が帰国して一週間ほどで、某敵国は経済危機に陥った。不動産と株価が暴落し、銀行が次々と倒産した。
これで危機は去ったと政府は喜び、英樹に無人島がプレゼントされた。ひとりで生活できるように、英樹のためだけにインフラも整えられた。
政府は英樹を無人島で隔離しながらも、VIP待遇を続けた。英樹は、自分が「切り札」として保管されているのだと理解した。
無人島生活で、英樹は初めて安住の日を迎えることができた。ここには全て揃っている。電話一本で、政府が何でも届けてくれる。
英樹は夜空で瞬く星に向かって、悲劇のない生活に祝杯を挙げた。そのとき初めて、未来に希望が持てる気がした。
しかし、英樹も政府も、重大なことを忘れていた。「英樹の悲劇」はパワーアップしていることを。
太陽系の彼方で、小さな異変が発生した。
恐竜を滅ぼしたクラスの隕石の軌道が突如として変化し、地球上にある某無人島に向かい始めたことを、まだ誰も知らない。
(了)