第16回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 迷惑駐車は許さない 桝田耕司


第16回結果発表
課 題
悲劇
※応募数424編
桝田耕司
派手な服を着た金髪男が、赤いスポーツカーから出てきた。歩道の中央をガニ股で歩いてくる。のけ反って歩くのが格好いいと思っているのだろうか。
鼻ピアス男にぶつかったら、ワシが転ぶ。若いころならともかく、八十を過ぎたら柔道黒帯も通用しない。
コンビニの袋を左手に持ち替え、歩道側に寄る。会釈すらしない。ペッと生垣に痰を吐いた。
悔しいが何もできない。「まったく、最近の若者は!」と、読めない横文字をプリントした背中に向かって呟く。
ベビーカーを押したママさんが、公園の入り口で立ち止まっている。原因はさっきの馬鹿男だ。
助手席側が、ピッタリと柵にくっついている。たぶん、三センチ以下だ。小学生でも通り抜けることはできない。
「いつも、いつも、迷惑な車ですよね」
駐車禁止の標識を見上げながら声をかける。
「近くのコインパーキングを利用してくれたらいいのに……。みんなが迷惑しているんですけど、怖くて警察に言えないし……」
週に三回ほど、近くのラーメン店に通っている。駐車場が足りないのが悪いのか、モラルがないのが悪いのか。
「よし、ワシにまかせなさい」
「無茶はしないほうが……」
「老人には知恵がある。若者に負けてたまるか。意地を見せてやりますよ」
豪快に笑いながら、不安げなママさんに手を振って背を向けた。家に帰って荷物を置き、おやつとリードを手に取る。
「報酬は先払いだ。頼んだぞ」
柴犬のポチを連れて待ち構える。普段はおとなしいけど、いざというときには、勇敢に戦ってくれるはずだ。
腕時計を見ながら待つ。早食いなのか、罪悪感があるのか。三十分くらいで姿を現した。
スマホを動かしながら歩いてくる。仁王立ちするワシに気がつき、顔をゆがめた。
ガンを飛ばす不良には慣れている。ワシらが若いころは、喧嘩が日常茶飯事だった。体は縮んだけど、崇高な精神は雄大な富士山にも負けていない。
「迷惑駐車は今日で最後にしなさい。公園に入れなくて、みんなが困っている。ラーメンを食べたいなら、コインパーキングを利用すればいいじゃないか。これまでのことは水に流してやる。レッカー車は呼ばなかったぞ。心の広いワシに感謝しなさい」
舌打ちをする若者に罰を与えるつもりはない。広い心で接すれば、説得に応じてくれるはずだ。
「黙れ、クソジジイ。俺の勝手だろ!」
中指を突きつけながら、唾を吐く。どこまでも無礼な男だ。
ワンワンウー! キャイン。
「人間様に逆らうんじゃねぇ」
ポチを蹴った男が車に乗り込む。エンジンがかかった。急発進した車が停止し、バックしてきた。
「お、おい、やめろ!」
ポチのリードを引っ張る。勢い余ってバランスを崩す。生垣に背中が沈み込む。
「フン、ざまぁみろ。次はマジで殺すぞ!」
もう少しで敷かれるところだった。
「もう絶対に許さない。ポチ、やるぞ!」
翌日から、ワシらの仕返しがはじまった。力ではなく知恵で対抗する。警察ではなく、自らの手で始末しなければ気がすまない。
反対側から公園に入り、赤い車に近づく。金髪男は乗っていない。いつも同じ時間に通うという油断が命取りになるのだ。
「後方安全。前方問題なし。砲弾装填、打て!」
ワシの合図と同時に、ポチが右後ろ脚を上げた。道路から見えない位置、左側の後輪を狙う。
ジャー!
タイヤのホイールを穢す。公園の散歩をしながらクスクス笑うオバサンは、ワシの味方だ。みんなが金髪男に苦しめられている。
「おじさん、僕もやるよ」
小さな子どもが、家から犬を連れてきた。次々に有志が集まる。金髪男は気づかない。週に三回の楽しみへと変わっていく。
「さてと、今日も懲らしめてやるか」
いつもより早く家を出る。公園で仲間と雑談するのが楽しみになった。一人敵がいれば周囲がまとまる。人間の真理だ。
ワン、ワン!
大通りで、ポチが吠えた。金髪男の車が、ワシらを追い抜く。
タイヤが外れた。車がスリップする。
「ふっ、ざまぁ見ろ。これが天誅だ!」
黒い凶器が道路を転がる。向きを変えてこちらに向かってくる。だんだんと大きくなり、ワシの目の前にきた。
──ドン!──
(了)