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第16回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 まりんの再生 三山敦

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小説でもどうぞ
結果発表
第16回結果発表
課 題

悲劇

※応募数424編
まりんの再生 
三山敦

 私は会社に着いて、「まりん」の起動スイッチを入れた。
「おはようざいます。ご主人様」
「ほざいちゃだめだよ。ございますだよ」
「ああ、失礼しました、あらためておはようございます」
「おはよ。今日も頑張ろうね」
「はい。今日は何からですか?」
「いつもの点検業務の前に、その辺の資料、個別にPDFにして、みんなにメール送っといて」
 早出出勤して、不在にする期間の仕事をこなす。カレンダーの花丸の日を見て、今日も気持ちを上げていく。ハネムーン先のハワイの海辺を思い浮かべた。結婚式まであと数日のばずだった。
 彼女が会社近くの横断歩道を渡っていたら、スマホのながら運転の車にひかれてしまった。人が死ぬときってこんなに無慈悲であっけなくて、昨日まで横の机にいたことすら、嘘だったのかもしれない。記憶を消して、まだ出会ってなかった頃に時間を戻したかった。

 人工知能の設計部署にいた私たちは、人が容易に入れない超高温の一般家庭ごみの焼却炉の中の点検・補修用ロボットを設計していた。仕様作成の半分を担ったのが私で、残りの半分が彼女だった。
「え、名前をまりんにするの? 呼ぶとき、なんか後ろめたいよ」
「私と同じ名前にすれば、雄介も開発に変な妥協できないかなって、思って」
 まあ確かにそうだ。ああ、まりんは俺の思考なんてお見通しなのかも。
 半年後、「まりん」は一目では本物の人間とは区別できないくらいの精巧にできあがりつつあった。そこでまりんは人工知能の設計に「敢えて」少し欠陥を入れた。本物の人間と区別できるように。

 まりんを失い、私が消え入るように仕事をしているのを見て、部署のみんなが、「まりん」を本物のまりんと同じように私のデスクの横に座らせ、一緒に帰宅することも配慮をしてくれた。ずっと一緒にいることで、人工知能の学習レベルは高くなり、よりまりんっぽい人格に近づいてはいたが、予想通り、どこか抜けているような雰囲気だった。でも逆に安心した。「もう一人の」まりんだって思えるから。
 ある日、燃焼炉内の点検中に、その壁が崩落し、「まりん」が生き埋めになってしまった。高温には耐える設計だったが、崩れた耐熱煉瓦の重みには耐えることができなかった。彼女を回収したが損傷が激しく、特に人工知能は使い物にならなくなっていた。
 私はボロボロになった人工知能の基盤の回路を手でなぞった。まりんと深夜まで残って、設計に励んだ思い出を無にしたくはなかった。
 私は「まりん」を復活させてみせると決めた。人工知能の設計の半分は私の領域だ。すべて覚えているし、資料もある。でも、まりんが作った残り半分の設計書がない。彼女のデスク、パソコン全てを探した。手帳、ノート、議事録も全て確認した。でも、いずこにも見つからなかった。まるで誰かがすべて消し去ったかのように。
 もしかして、まりんが……?
 数か月後、「まりん」の新しい人工知能を完成させた。私の瞳に映った彼女の全てを思い返し、その基盤の回路に注ぎ込んだ。そのパーツの一つ一つも私の執念や思い出や日記から作り直した。
 しかし、気持ちが先走り、本物と区別できないほどの人工知能とパーツになってしまっていたことに、そのときは気がつけなかった。でも、やりなおすには遅かった。私の心を新しいまりんが確実に捕えてしまっていた。彼女の言動の全てが、「私の中の」まりんを完璧に再現していく。寝るとき、彼女に壁からのバッテリープラグを差し込むことが、ロボットだと認識できる唯一の証で、それが理性をつなぎ留めていられる唯一の理由なんて悲しすぎた。
 本物のまりんは、こうなることを予想していたのかもしれない。どんなことがあっても「まりん」がまりんの代わりにならないように考えていたのだろう。確かに設計書の半分がなければ、さすがに「もとの」まりんを再生することは技術的に不可能だ。でも、私の執念が「私の瞳に映った」まりんを再生してしまった。
 私の心はさらにまりんに侵食され、彼女のプラグを無線に切り替え、外からは見えなくしてしまう気持ちに勝てなかった。そうしてしまったら、自分の瞳に映る理想のまりんに心を完全に奪われてしまうって分かっているのに。
 私は最後のかすかな理性を振り絞って、彼女のうなじにあるリセットボタンを押そうとした。これさえ押してしまえば、データはすべて消えて初期化される。初期化した人工知能は二度と同じ人格を持たないように設計されている。つまり「別の」まりんにできる、できる、できるんだけど、でもできなかった。
「雄介どうしたの?」
 目の前のまりんから、本物のまりんの声が聞こえた、気がした。ごめん、俺弱い。本物じゃない君に、自分の理想を押し付けてる。震える手で瞬間接着剤をそこに垂らした。リセットボタンが動かないように。
「雄介、仕方ないなあ」
「ごめん」
「うん、いいよ。雄介の瞳に映っていた私も雄介の世界では本物なんだよ。雄介は悪くないよ。でも、一つだけお願い。お墓で待ってるから。待ってるから」

「雄介、どうしたの?」
「うん、なんでもない」
 うなじに手をやるまりんが俺の瞳を確かめた。
「雄介、仕方ないなあ。お墓まで私で我慢できる?」
 どうしたらいい? 本物のまりんとの思い出が上書きされていくのに、それに抗えない。そしていつか上書きしたことさえ忘れてしまう、きっと。
(了)