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第16回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 厄年 村山健壱

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小説でもどうぞ
結果発表
第16回結果発表
課 題

悲劇

※応募数424編
厄年 
村山健壱

 四十二歳になる年の正月に妻の実家に帰省した際、義理の父から厄年には注意するよう助言された。俺は適当に相槌を打ちながら、注がれた酒を飲んだ。翌朝、胃の辺りに強い痛みを感じて目を覚ました。去年辺りから飲んだ翌朝にしんどい日が増えたなとは思っていたが、新年早々の不調に、昨晩言われた厄年を意識せざるを得なかった。だが、身体を壊している暇はなかった。まだ子どもは小学生で、これからカネがかかる。住宅ローンもあるし、自分の親の面倒もみなきゃならない。
 何事も合理的に進めたい俺にとって、現実的な備えを行うことがもっとも大切だった。身体面に関しては、人間ドックを受けることがもっとも良いことに思えた。幸いがんは見つからなかったが、高血圧と糖尿病、そして慢性胃炎だと診断された。去年から飲んだ後に調子が悪くなったのはこれらが影響していたのかもしれなかった。
 気になって少し調べてみると、厄年にはその前後に前厄、後厄というのがあって厄は合計三年にわたるのだと言う。振り返ってみれば昨年は財布を落としたり、自動車を塀に擦ったり、通勤途中にズボンの尻が破れたりといった災難に遭っていた。去年があれなら本厄の今年はもっとひどい目を見るかもしれない。スマホの画面には厄除けだの厄払いだのという言葉がちらついていた。
 本厄である今年の節分までに寺や神社で祈祷を受けましょう。妻からそう勧められていたが、そんなものにカネを使うのはやはり気が進まなかった。妻の言うことは大抵大袈裟で煩わしい。内服を開始したお陰か体調を崩すこともなく二月を迎えた。そんなある日、同僚たちとの飲み会で厄年の話題になった。
「去年、本厄でな。この御守のお陰で無事に過ごせたよ」
 イケメンで仕事もできる岡田課長が言った。俺より一歳年上のこの人の存在が俺の出世を妨げていた。
「御守って、返さないと……」
 若い女子社員が何か言いかけていたが、俺はその言葉を遮って岡田課長にお願いした。
「課長、俺、今年本厄なんですよ。効果あったのなら譲ってくださいよ」
「君は今年だよな。まあいいだろう。きっと役立つぞ」
 あっさりと譲ってくれたので、岡田課長も意外に良い奴だな、とそのときは思ったのだった。数日後、妻が俺の鞄についている御守に気が付いた。会社でもらったのだと言うと親切な職場ね、と納得していた。
 その後は厄年を忘れるほど穏便に過ごしていたのだが、五月になってカード会社から身に覚えのない請求書が届いた。そのことで妻との関係もギクシャクしてしまった。六月には渋滞で後続車に追突され、自動車が動かなくなってしまった。七月には家族で出かけたプールで衣服を盗まれてしまった。本厄を再び意識した。まだ五か月ほど、本厄は続くのだった。御守は効果がないので返そうかと思い立った八月の朝、俺は激しい頭痛に襲われた。
 次に気が付いたのは病室だった。俺の頭には包帯が巻かれ、いくつかの管が体に入り込んでいた。喋りたくともうまく声は出ず、動きたくとも体が言うことを聞かなかった。幸いにも耳は機能を保っていたので、俺は少しずつ状況を理解していった。あのとき俺は、クモ膜下出血になり意識を失ったものの、緊急手術で一命をとりとめたらしい。社会復帰は今後のリハビリテーション次第だという。
 見舞いに来た義理の父は、厄年のせいだと言って帰った。職場の皆もときどき顔を出してくれた。つらい境遇だが、皆に気にしてもらえるのは嬉しかった。病室の空調が冷房から暖房に替わる頃のある日曜日、たまたま岡田課長と妻が俺の病室で鉢合わせた。
「奥さん。いろいろ大変ですね」
「生きているだけいいのかもしれないです。保険もおりましたし」
「ところで、あの御守ですが」
「はい?」
 俺には見えないが、壁に例の御守が掛かっているらしかった。
「あれは私がご主人に差し上げたもののようで」
「ありがとうございます」
「そうじゃなくて、私がつけていた厄除の御守ですから、もしかすると私の厄が……」
「えっ?」
「この御守はお寺にお返しして焚き上げてもらう予定だったのが、遅れてしまい」
「はあ……」
「それで、ご主人が欲しいと言うので、差し上げたのですが」
 御守は岡田課長と俺の妻とによって焚き上げられ、俺のリハビリは急速に進んだ。カード会社や自動車保険会社との交渉も無事終わり、俺の厄も無事払われたようだった。ただ一つ、あの二人が恋仲になった以外は。
(了)