公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第16回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 ねぇ、愛してる? るるとつとつ

タグ
小説でもどうぞ
結果発表
第16回結果発表
課 題

悲劇

※応募数424編
選外佳作
 ねぇ、愛してる? るるとつとつ

「わたしのこと愛してる?」
 一週間ぶりに旅行から帰ってきた彼女と部屋で食事をしていた。ぼくには隠しごとがあった。彼女とは別に気になる人ができたのだ。だから少し彼女とは距離を置きたかった。でもそのことを中々言い出せなかった。
 食事を終えて、ぼくが買ってきたカシスシャーベットをテーブルの上に置いた時、彼女はそういった。テーブルの上には食べ終わったばかりの皿。ステーキの骨や、使い終わったフォークとナイフが横に並べられていた。
「もちろん。愛さない理由がないよ。君を一目見て愛という現象の確信を持てないヤツはいない。いるとしたら、それは心のインポテンツを患って、三日後に老衰で死ぬオス猫みたいな奴だよ。どうしてそんなこと聞くの?」
「どうしても聞きたいし、聞く必要があるのよ」
「大好きだよ。君と会うまでは愛の形すら知らなかった。存在すら信じていなかったんだ。でも今なら分かる。愛の形は皆が思っているようなハートの形じゃない。ペニス型の針を大量に背負ったヤマアラシの形だよ。あらゆる仕草、どこからの角度でも、ぼくは君に興奮できる。いつでも君に触れたくてたまらなかった――けれど、あのね……」
「ありがとう。でも実をいうと私、まだあなたの気持が分からなくて不安なの。これを見て欲しいんだけれど」
 そういって彼女はテーブルの上に置いてあったぼくの携帯電話を取り出した。そうして細い指を動かしながら、画面を操作した。あれ? どうして動かせるのだろう。ぼくの携帯電話にはロックがかかっていたハズなのに。冷や汗が全身から吹き出てくる。ぼくの携帯電話のパスコードは世の男性と同じように、昔付き合っていた元カノの誕生日だ。彼女に分かるわけがない。「どうして……」
「しー」と彼女は唇に人差し指を当てた。ぼくの心拍数は上がり動悸が激しくなった。「これを見て欲しいの」と彼女はぼくの隣に座り、そうして横並びで一緒に画面を見ながら携帯電話を操作した。アプリケーションのアイコンを押し、その履歴を見ようとしていた。
 大丈夫。ぼくは対処している――履歴を消したし、アンインストールもしていた。
「これを見て。アプリケーションを一回インストールして、そうして利用した後、画面上でアイコンを削除したとするでしょ? でもクラウド上には使用履歴が残っているの。だからここでアプリの名前を検索するとね。一度もインストールしていないアプリケーションだと《このアプリを入手しますか?》と表示されるんだけれど、一度でもインストールして、削除したアプリケーションは《クラウドからダウンロードをしますか?》という表示になるの。それでね。いま有名なマッチングアプリサービスの名前を検索したんだけれど――これ、あなたの携帯電話よね? そうすると、ほら《クラウドからダウンロードしますか?》というさっきのマークがでるの。ほら、これ。そしてこれは一週間前には出なかったものなの。どういうことなのかしら?」と彼女は笑った。感情とは別の――無表情で笑った顔がより自体の深刻さを表していた。
「どうしたの? 元気がなくなっているみたい。さっきとは違って、その……ヤマアラシ、だっけ?」
「お酒を――飲んだからね」とぼくはいった。
「私もなの。でも、わたしはなんだか酔えなくて。ああ、それと実は私、妊娠したらしいの……あなた浮気してた? 返事がないわね。でも私はあなたを許すわ。子供だって、パパのこと許すっていってくれると思うの。でもそれだけだと、あなたも居心地が悪いでしょ? だから謝罪はいらないから――バーキンを買って欲しいの。バーガーキングじゃないわよ? エルメスのバーキン。年に一度。もちろん初見で買えるわけはないから一生懸命エルメスの上顧客になりましょう。ゆっくりで良いの。私は急がないから。でも、それだけは約束して欲しいの。絶対に。ねぇ、私のこと愛してる?」
「もちろん」
「ヤマアラシだもんね」
 ぼくは思案するより前に返事をしていて、ハンカチーフで汗を拭い続けた。彼女はいつの間にかシャーベットを完食していた。
「結婚式は、グアムでいいわよね? 異存ある? ないわよね? 子どもは三人欲しいの、さみしい思いをさせたくないから。住む場所は港区か世田谷区、外聞もあるし、ほら学生時代の知り合いも多いじゃない? あと……etc。少しずつで良いの、ゆっくりとあなたの信頼、、、、、、を回復していきましょう。どうしたの? ねぇ、そんなに暑い?」
「もちろん愛しているよ」
 ぼくは聞かれてないのにまたそういっていて、自分でも気が付かない間に立ち上がり、食器を片すためにナイフとフォークを手にしていた。ナイフを持った右手にやけに力が入っていた。
「食器を洗ってくるよ……」
「ああ、それと……」と背中越しに響く彼女の声をかき消すために、ぼくは洗い場で勢いよく熱湯を出した。皿に付いた真っ赤なカシスのシャーベットの跡が、まるで血に見えた。それが、彼女の経血だったらいいのになと、ぼくは心から思った。
(了)