第16回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 ふぅー 和島由明


第16回結果発表
課 題
悲劇
※応募数424編
選外佳作
ふぅー 和島由明
ふぅー 和島由明
右のふくらはぎに硬いボールが当たったと思った。痛くて力が入らない。歩けない。
僕は駅前のスーパーで肉や野菜、お米も買った。お米はリュックに入れて両手にはレジ袋。横断歩道の歩行者用信号が点滅しはじめ、小走りで渡ろうとした時だ。
明日は総務の美香と映画を観に行く約束をしていた。世の中と三周遅れで発足したペーパーレス化促進チームに、営業、企画、宣伝、経理などから二十代の社員が集められ、月に数回会議があった。とりまとめはミス総務と評判の美香だ。半年後に一定の成果を出したあと、打ち上げの居酒屋で彼女の隣に座った。話をしてみると僕と同じホラー映画が好きで、この街のシネコンに行く約束をした。ひょっとしたらという淡い期待もあり、朝早くから1DKの部屋に掃除機をかけ、水回りも磨き上げた。形だけでも自炊していますと見えるように、買い出しをしたところだった。
僕のまわりにはボールなんか落ちていない。何があった? 荷物が重くてまさかの骨折? 救急車か、いや、少し先に整形外科があったはず。
タクシーを呼ぼうとも思ったが、近すぎて嫌な顔をされそうだ。足を引きずって少しずつ進む。大丈夫ですか、などと声をかけてくれる人はいない。駅前には小さな百貨店もある、それなりに大きな街だ。ここに住みはじめてまだ日は浅く、人とのかかわりも少ない。この涙はきっと冷たい風のせいだ。背中と両手の荷物がうらめしい。
土曜のお昼、整形外科の受付時間ぎりぎりに間にあった。診断は肉離れ。二週間分の湿布を処方され、松葉杖も借りてレジ袋をぶら下げた。アパートはすぐそこだ。
『明日の映画いけなくなった』そうLINEすると、すぐに返事がきた。『どうしたの?』『横断歩道を走って渡ろうとしたら肉離れ』『運動不足ね。ちょうどよかったわ。昔の友達から明日会えないかってメールきてて。だから気にしないで』
昔の友だちが男か女か訊けなかった。
翌日の午後、アパートで寝ているとLINEの着信音がした。美香からだ。
『家にいるよね?』『たしか駅の近く?』『これから行ってもいい?』『住所教えて』
返信を繰り返し、何とか身支度をすませたときインターフォンが鳴った。モニターには美香の他に誰か髪の長い人が見える。
「はい」「さっさと開けてくれない?」そうだった。僕は壁を伝いながら玄関までいき、鍵を開ける。
「よかった。元気そうね」「お邪魔します」
彼女のあとから入ってきた女性は切れ長の目をしていて、どこかでみたような気もする。
六畳の部屋で、買ってきてくれたコンビニコーヒーをありがたくいただく。おいしい。
「彼女、覚えていない?」美香に訊かれるがわからない。彼女は寂しそうに口を開いた。
「中学で一緒だったウエノカオリです」
胸がきゅんとした。そうだ、コクってはいないが僕のあこがれだった上野カオリ。メガネをかけていないからわからなかった。
「カオリとは大学で一緒だったの。彼女、地元で就職したんだけど転勤でこっちにきたんだって」
「美香と話してたら足を肉離れした人がいるって聞いて。写真見て名前教えてもらったら中学の同級生だってわかって」
そうだ、居酒屋でチームの集合写真を撮ったんだ。
「じゃあカオリ、帰ろうか。私、これから彼と会うことになってるの」
カオリに頼まれてLINEを交換している隣で、美香は困ったような顔をしていた。
二人はあっさりと帰っていく。何をしにきたのだろう。
しばらくしてスマホがたて続けに鳴った。カオリと美香からのLINEだ。カオリのほうから開く。
『またすぐに会いたくて。もしよければ何か作りにいきましょうか?』えっ? えっ?
『簡単にお鍋でもよければ、ですけど』
僕はバンザイしているイヌのスタンプを送った。次は美香だ。
『カオリは保険会社に勤めていて、生命保険に入らないかっていわれた。断ったけどそっちにも頼みにいくと思うよ。一応伝えとくね』
美香のほうを先に読めばよかった。
カオリと鍋を食べた翌月から、僕の口座から保険料の引き落としがはじまった。傷害保険付きだ。そしてカオリはまた転勤していき、もうどこにいるかわからない。既読のつかないLINEをみるたび、僕は大きくため息をついている。
(了)