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第16回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 しっぺがえし 黒銀の弾丸

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小説でもどうぞ
結果発表
第16回結果発表
課 題

悲劇

※応募数424編
選外佳作
 しっぺがえし 黒銀の弾丸

 妹は、玄関を開けた瞬間から全力で叫んだ。
「姉さーん! 聞いてほしいの! 今日ね、プリンが! プリンがぁぁぁ!!」
 姉は机に向かい、ガラス細工を磨きながら、片眉だけを上げる。
「……また世界が滅んだの?」
「滅んだよ! あたしのプリンが、帰り道でひっくり返って、地面にべちゃって……! あれはもう、人生の終わりだったの!」
 妹は手をぶんぶん振り回しながら、ひっくり返ったプリンの悲劇を全身で表現する。
 姉は視線を上げず、口元だけで笑った。
「プリンの悲劇、今年で何回目?」
「五回目! でも今回は特別なの!」
 妹は姉の横にぴょんと座り、じーっと反応を待つ。
 姉は淡々と細工を磨きながら、妹の大げさな語りを楽しんでいた。
「で、プリンは?」
「……地面に吸われた」
「それは壮大ね」
 妹はむっとしながらも、どこか嬉しそうだった。
「あとね! 靴下が片方だけ消えたの! 洗濯機の中で異世界転移したの!」
「はいはい、また壮大な旅ね」
 姉は淡々と返しながら、細工の羽根を磨き続ける。
 妹は姉の反応が薄いと、さらに大げさに身を乗り出す。
「姉さん聞いてる? あたしの今日の不幸、三回くらい世界が崩壊してるんだけど!」
「忙しい人生ね」
「むぅ~~!」
 そんな軽口を交わしながら、いつもの時間が流れていく。
 妹は悲劇を語り、姉はそれを聞き流しながら楽しむ。
 二人にとっては、これが日常だった。 
 しかし、その日だけは違った。 
 姉の指がふと滑り、机の上で小さな音がした。
 ぱきん。
「……あ」
 姉の手元にあった、小さなガラス細工の羽根が、真ん中から割れていた。
 姉が数日かけて作っていた、お気に入りの作品だった。
 妹は瞬きをし、状況を理解した瞬間、口元がにやりと上がる。
「姉さん、やっちゃったねぇ~? あーあ、大惨事だねぇ~?」
「……うるさい」
 姉は珍しく弱い声を出した。
 その声が、妹の胸に妙な優越感を生む。
「ほらほら、いつもあたしの悲劇を笑ってた罰だ~? もっと落ち込んでいいよ?」
 妹は足でちょん、と姉の椅子をつつく。
 姉は反応しない。
 ただ、壊れた羽根をそっと手のひらに乗せていた。
 妹はさらに調子に乗る。
「ねぇねぇ、どうするの? 世界の終わりじゃん?」
 しかし姉は、ただ静かに割れた羽根を見つめていた。
 沈黙が落ちた。
 その沈黙が、妹の胸にじわじわと広がっていく。
「……そんなに、大事だったの?」
「……うん。これだけは、うまく作れたと思ってたから」
 姉の声は小さく、震えていた。
 その言葉は、妹の心にまっすぐ刺さった。
 さっきまでの優越感が、急速にしぼんでいく。
 代わりに胸の奥がきゅっと痛む。
「……あー……なんか……ごめん」
「別に、あんたのせいじゃないでしょ」
 姉は笑おうとしたが、うまく形にならなかった。
 その顔を見た瞬間、妹の目に涙がにじむ。
「やだ……姉さんがそんな顔するの、やだよ……」
 妹はその場にぺたんと座り込み、手で顔を覆った。
「うぅ……悲劇だよ……これは本物の悲劇だよぉ……」
 妹はついに地面に伏してしまった。
 姉は驚き、そしてようやく小さく笑った。
「……あんたのほうが大げさじゃない」
「だって……姉さんが……そんな顔するから……」
 妹の声は涙でぐしゃぐしゃだった。
 姉は壊れた羽根をそっと机に置き、妹の頭を軽くつつく。
「ほら、立ちなさい。床は冷たいでしょ」
「やだ……悲劇の海に沈む……」
「沈まないの」
 姉はため息をつきながらも、どこか優しい声だった。
 妹は顔を上げ、涙で濡れた目で姉を見る。
「……直せる?」
「……たぶん。時間はかかるけど」
「じゃあ……あたしも手伝う! 邪魔しないように頑張る!」
「……それが一番難しいんだけど」
 二人の悲劇は、今日もどこかでつながっていた。
 そして、明日もきっと続いていく。 
(了)