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第16回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 私の罪と罰 トラキャット

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小説でもどうぞ
結果発表
第16回結果発表
課 題

悲劇

※応募数424編
選外佳作
 私の罪と罰 トラキャット

 それは唐突な別れ話から始まった。
「ごめん、留美。君とは結婚できない」恋人の誠也は、親が勝手に縁談を決めたこと、断れば彼の親が経営する会社が潰れてしまうことなどを、声を震わせながら説明した。
 何度も謝る彼に、私は何も言えなかった。彼が親とその会社を大事に思っていたのは、よく知っていたから。断腸の思いで私に告げたのだとわかったから、別れを受け入れた。
 けれど、すぐに後悔した。彼のいない日々は思っていたよりも空虚で、心の大部分を彼が占めていたのだと痛感して、毎日のように泣いた。
 それを救ってくれたのが、幼馴染の浩太だった。私が彼氏に振られたことを知ると、浩太は何度も電話をくれて励ましてくれた。あまりに親身に、優しくしてくれるから、彼が私に好意を持っていることはすぐに気づいた。彼が新しい恋人になるのに、時間はかからなかった。元カレが空けた穴を埋めるのに、浩太はあまりにもちょうどよかったのだ。
 付き合い始めて一年ほど経った頃、私たちは籍を入れた。新婚生活は平和そのものだった。妊娠がわかったときは、浩太と手を取り合って喜んだ。
 その後、家から一番近い産院で男の子を出産した。数日後、我が子の様子を見ようと病室から新生児室まで行こうしたとき、思わず息をのんだ。廊下の先に、元カレの誠也がいたのだ。誠也は私に気づくことなく、隣にいる若い女性と病室に入っていった。
 誠也。まさか、また会えるなんて。今さら彼とどうこうなろうとは思わないけれど、胸の鼓動は高鳴ってしまう。隣にいた女性は、彼の妻だろう。彼女のお腹は膨らんでいなかった。ということは、きっとここに二人の子どもがいるのだ。誠也の子が……。
 ぐるぐる考えながら、新生児室に入る。我が子の様子を見た後、周囲にいる赤ちゃんたちを確認すると、その中に一人、誠也と同じ名字の名札を足首につけた子がいた。めずらしい名字だから、きっと誠也の子どもだ。名札には男の子と書かれている。……
 気がつくと、私はその子の名札を足から外し、我が子のものと付け替えていた。とんでもないことをしたと頭ではわかっていた。病室に戻った後も、退院した後も、罪を告白しなければと何度も思った。けれど日に日に大きくなる息子を見ていると、かつて失った愛しいものが戻ってきたように思えて、離れがたかった。もちろん実の息子のことも気になったけれど、裕福な家で幸せに暮らしているはずだと、自分に言い聞かせた。現に、誠也やその妻のSNSには、幸せそうな家族の写真がたびたび投稿されている。それを見るたび、安堵と罪悪感が混ざり合って、苦しくなった。
 しかし、息子が四歳になってすぐの頃、そのSNSの更新が急に途絶えた。テレビのニュースで、誠也たち家族が自動車事故で亡くなったことを知ったのは、そのすぐ後だった。絶望が目の前を暗くした。泣き叫びたいのを、しかし家族の手前、必死にこらえるしかなかった。夫が仕事に、子どもが幼稚園に行って家で一人になると、死にたくなるほどに泣いた。私があのとき名札を替えたせいで、我が子は亡くなったのだ。私の罪だ。
 葬儀がその翌日にあると知り、いてもたってもいられず参列に向かった。でも、私に参列する資格はあるのだろうか。罪深い私では彼らの前に立つのも許されない気がして、葬儀場には入れなかった。帰ろうとしたとき、葬儀場から出てきた人たちの会話が耳に入る。「結局、あのことはバレなかったのかな」私と同じ年くらいの、喪服を着た女性たちがこそこそと話している。「あのことって?」「ほら、子どもの父親について書いてあったでしょ。あの子の裏アカに……」かすかに聞こえた内容が、妙に耳にこびりついた。
 それから何日も経って、深い悲しみと後悔の波が少し落ち着いた頃、葬儀場で耳にした会話をふと思い出した。嫌な予感がしてSNSで調べてみると、誠也の妻の裏アカと思われるアカウントが見つかった。その中の一件の投稿を読んで、背筋が凍る。その投稿には、同窓会で元カレと再会したのをきっかけに不倫関係になったこと、旦那とはレス気味だったから子どもの父親は不倫相手だと、面白おかしく書かれていた。めまいがした。体から力が抜け、その場にへたりこむ。
「ママ、どうしたの?」
 自分の部屋で遊んでいた息子が、そばに来て心配そうに私の顔をのぞきこんでいる。私の子でもなく、誠也の子でもない、私の息子が。
 これは、罰だ。我が子を簡単に手放した私への。私は、このことを死ぬまで隠そうと強く思った。せめて残ったこの子だけは、不幸にしてはならないから。
「何でもないのよ」
 私は愛しい息子に、できるだけ自然に見えるように笑ってみせた。
(了)