林望『書物を楽しむ』紙の本が選ばれる理由


紙の本が必要とされ続ける時代
デジタル化が急速に進む中、紙の本の価値を改めて問い直す著作が注目を集めている。林望著『書物を楽しむ―あえて今、紙の本を読む理由』が2026年4月13日に朝日新聞出版より発売された。紙の出版物の販売額は1996年の約2兆6000億円から2025年には9647億円へと30年で半分以下に減少している。さらに政府がデジタル教科書を紙と同様に正式な教科書と位置付け、小中学校で無償配布する方針を決定したことで、電子書籍が教育現場でも当たり前になる時代が到来しようとしている。こうした流れに対して、本書では林望先生が紙の本の素晴らしさを熱く語っており、独自の視点に満ちた一冊となっている。
電子書籍では得られない読書体験
著者の林望先生は読書は紙のみで、電子書籍は使わないという徹底ぶりだ。その理由について、「電子本を読むとしても、スマホではだいいち小さくて目が疲れるし、タブレットでは重くて手が疲れる。とても文庫本を寝転んで読む快楽と同じにはなりません」と述べている。さらに「読書をきちんと経験した人、読書の楽しさを知っている人たちにとっては、電子本は、しばしばフラストレーションのもとになります」と指摘する。紙の本は千年を超える長い歴史の中で完成されてきた形態であり、数十年の電子デバイスがこれに取って代わることはあり得ないというのが著者の信念である。
デジタル教科書がもたらす危機感
著者が特に警鐘を鳴らすのがデジタル教科書の導入だ。林先生は「人間を愚昧化する政策の最たるもの」と言い切る。小学校から保存してきた使用済み教科書を見直すことで自分の生きてきた歴史を感じることができるが、これは「自分が何者であるか」というアイデンティティの問題に直結しているからだ。古典文学の学習が減少する中、デジタル化によって日本の豊潤な文学遺産との断絶が生まれる懸念がある。古事記から現在まで1314年、万葉集から1231年にわたって断絶なく続く日本の文学伝統は、世界的に見ても極めて貴重である。デジタル教科書で育った世代が古典文学を学ぶ機会を失えば、こうした文化的蓄積の断絶につながる危険性があるという警告である。
電子書籍の問題点を検証する
本書では電子本やデジタル教科書が持つ七つの根本的問題が示される。まず手触りやデザインが楽しめないことが挙げられる。装訂や書姿といった「形としての書物の魅力」が電子本には存在しない。日本人は特に書籍の装訂に対する執着が強く、紙の質感や活字のスタイルも本の味わいの重要な要素だ。電子本は無味乾燥な「本のマーク」として並ぶだけで、こうした価値が失われている。その他、読んだ気がしない、電源依存、本の姿が見えない、育成ができない、データ消失のリスク、アップデートの問題などが電子書籍の課題として列挙される。
本当の読書とは何か
著者の独特な主張の一つが「本は図書館で借りて読むな」という提言である。図書館で借りた本は返却時に「読んだ内容も返している」というのが著者の考え方だ。自分で購入した本は毎日目に触れることで、過去の読書経験が何度もよみがえる。これに対して図書館の本は時とともに記憶が薄れ、やがて読んだことすら忘れてしまうという。本当に人生に影響を与える本であれば、衣食を節ってでも自分で買って座右に置き、何度も読み直すべきだという主張である。また読書量と人格は比例しないというのも著者の強い信念だ。読書が人格涵養の必須条件だと考える人も多いが、現実には多くの著名人や知識人の中にも品性に問題のある者は少なくない。流行思想に脅迫されるのではなく、自分の人生に本当に必要な本を選んで読むことの大切さを論じている。
出典: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000002358.000004702.html