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カーネル・サンダース激動人生、65歳起業で全米1位セールスマンへ

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報道発表
プレスリリースより

10歳でクビ、無一文から成功へ

ABEMAの番組『しくじり先生 俺みたいになるな!!』は4月10日、お笑い芸人・みなみかわによる授業「カーネル・サンダースの壮絶人生」を放送した。KFC(ケンタッキーフライドチキン)の創業者カーネル・サンダースは、華やかな成功物語とは程遠い「しくじり」の連続の人生だったという。みなみかわはカーネル・サンダースの人生のしくじりを「36個(3ダース)」と説明し、スタジオを驚かせた。

幼少期のカーネルは5歳で父を亡くし、10歳で家族を支えるため農場で住み込み労働を始めたものの、わずか1か月でクビになった。この時、母から「仕事で大切なのはベストを尽くすことよ」と言われた言葉が、カーネルの人生を貫く座右の銘となったという。その後も職を転々とし、体調不良で仕事を交代したことを上司に報告し忘れて即日解雇されるなど、しくじりの連続だったとされている。

経営失敗を経て、セールスマンへの転身

29歳になったカーネルは「誰かのもとで働くのは向いてない」と決意し、汽船会社を起業した。しかし冬に川が凍って船が動かなくなることを想定しておらず、経営はすぐに悪化して倒産。その後、ガスライト会社を立ち上げるも電気ライトの急速な普及により再び倒産し、34歳で全財産を失い無一文となった。

絶望の中、カーネルは「俺には経営の才能はない。ガムシャラに働くしかない」と方向転換し、「ミシュランタイヤ」のセールスマンに転身。持ち前の全力主義を武器に、あっという間に全米1位の売り上げを記録するトップセールスマンへと上り詰めたのである。

65歳での創業、無一文から再スタート

順風満帆な生活の中で再び不運に襲われたカーネルは、最終的に会社とケンカ別れすることになった。カーネルの筋金入りの頑固さが招いた悲劇だったという。その後、職を失ったカーネルはヒッチハイクでケンタッキー州へ向かい、そこで超大手「スタンダード石油」の支配人を乗せることになる。この出会いがカーネルの運命を思わぬ方向へ導いていくこととなった。65歳でKFCを創業した時は無一文で車中泊生活だったが、アメリカの食文化を変えた男として後世に知られるようになるのである。

出典: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000003076.000064643.html