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第53回「小説でもどうぞ」落選供養作品

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編集部選!
第53回落選供養作品

Koubo内SNS「つくログ」で募集した、第53回「小説でもどうぞ」に応募したけれど落選してしまった作品たち。そのなかから編集部が選んだ、埋もれさせるのは惜しい作品を大公開!

今回取り上げられなかった作品は「つくログ」で読めますので、ぜひ読みにきてくださいね。


【編集部より】

今回は齊藤想さんの作品を選ばせていただきました!

福唱寺の住職には、誰にも言えない楽しみがありました。それは、寺の近くの川でこっそり育てたヤマメを塩焼きにして食べること。

しかし、月一回の法話会で子どもから放たれた無邪気な一言が、住職を窮地へ追い込みます。
「なぜ、お寺のヤマメは丸々と肥えているのですか?」

殺生を禁じる建前と、食欲という煩悩。
「ヤマメは自分の罪を食べて育っている」と、住職はとっさにウソをついてしまいます。何とかこの場を乗り越えられたと思ったのも束の間、話は思わぬ方向へ進んでしまい……。

落語にして聞いてみたいくらい、話のオチが見事でした。

惜しくも入選には至りませんでしたが、ぜひ多くの人に読んでもらえたらと思います。また、つくログでは他の方の作品も読むことができますので、ぜひお越しくださいませ。

 

課 題

住職とヤマメ 
齊藤想

 山中藩にある福唱寺の住職は、村人相手の月一回の法話会で、子供からの予想外の質問に言葉を詰まらせた。
「なぜ、お寺のヤマメは丸々と肥えているのですか?」
「うむ」
 と、住職はとりあえず唸る。
 この法話会は先代藩主の肝いりで始まり、村人だけでなく山中藩の家老も参加している。質問をした子供の身なりは粗末で、手足も細い。ヤマメを釣って食べたいのだろう。だからこそ、この子供の前で「あのヤマメはお寺の残飯で養殖しており、あとで塩焼きにして食べる」とは言えない。
 お寺の建前として、殺生は禁止されている。だが、貧しい山中藩でヤマメはとっておきのご馳走だ。密かに食べる罪の意識が、さらに味覚を刺激する。
 住職は心の中で唱え続ける。清らかな体を保つだけでなく、あえて罪を作るのも、それもまた修行であり仏道なのだ。
 住職は居住まいを正して、重々しく子供に告げた。
「わしはお寺の奥にある精進滝で、日々の罪を洗い清めておる。つまり、このヤマメは、わしの罪を食べて育っておる。だから、君たちは絶対に口にしてはいかんぞ」
 われながら完璧な回答だ。住職は満足した。子供は尊敬のまなざしで、住職を見上げる。
「こんなに清らかな住職さんなのに、ヤマメが太るだけの罪が落ちるなんて」
「うむ」
 と住職は再び唸る。この子供は、なかなか痛いところを突いてくる。
「精進滝は高くて水も冷たい。だからこそ、心の奥底にある罪まで洗い流されるのだ」
「なるほど。だから住職さんの罪を求めて、たくさんのヤマメが集まってくるのですね。次から次へと流れてくる住職さんの罪を、ヤマメたちがパクパクと」
 少し悪人扱いされているような気もするが、ヤマメを奪われないためだ。言葉のあやによる無礼は我慢しよう。
「ほら、見てください。ヤマメが住職さんの罪が欲しいと顔を出していますよ」
 住職が川に顔を向けると、ヤマメが水面から口を出している。これはエサをねだる合図だ。いまエサをあげるわけにはいかない。
 ヤマメの様子を見ていた名主が、川面を指した。
「ほほう、あのヤマメどもは、住職の罪をもっと欲しいと言っています。なんとも立派なヤマメですなあ」
 名主は半分眠ったようなとぼけた顔をしている。本気で話しているのか、嫌味なのかがよく分からない。
 さすがに見かねたのか、立派な身なりをした家老が、立ち上がった。
「お前たちも、勝手なことを言って住職を困らすな。あのヤマメたちは、住職の法話を聞くために顔を出しているのだ。そうだろ、住職」
 さすがは家老。住職は平伏した。
「もちろんでございます。いつも法話をお聞きになる素晴らしいヤマメたちです」
 そのヤマメを、住職はおいしくいただいているのだが。
 村人たちも、家老に感服したようだった。
「うちの住職は聖人だからなあ。魚にまで慕われるとは素晴らしい」
「ヤマメだって、お寺の川なら安全だと知っているんだろ」
「おれらもヤマメを見習って、仏道に励まないと」
 この流れなら大丈夫。
 住職が安心して顔をあげると、とぼけた名主が目の前にいた。
「せっかっくなので、われわれも精進滝で罪を洗い流させて欲しいものですなあ。住職ですらこれだけヤマメを太らせるのですから、もっと罪深い我々ならすごいことになるかと」
 精進滝にこられるのは困る。頻繁に寺に来られたら、ヤマメが減っているのがバレる。
「罪は村人たちの分まで拙僧で引き受けますのげ、ご安心を」
 名主をなだめる住職を無視して、子供たちがワイワイと騒ぎ始める。
「ぼくも住職のように清らかになりたい」
「ごめんなさい。お寺のまんじゅうを盗んで食べました。さっそく罪を洗い流さないと」
 場が乱れ始める。その空気に憤慨したのか、家老が柏手を打った。
「ええい、鎮まれい」
 村人の注目が家老に集まる。なんと、なぜか家老の目に涙が浮かんでいる。
「拙者は住職の話を聞いて感動した。わが藩は山深い田舎ではあるが、ここまで清らかであろうとする仏僧がいるとは思わなかった。住職はわが藩の宝だ」
 住職は慌てた。
「家老様、私はそんな立派な人間ではございません。これからも、静かに仏道にまい進していくだけでございます」
「何をおっしゃられる。精進滝を知ったからには、山中藩としても住職の罪をヤマメだけに押し付けるわけにはいかぬ。山中藩の名前がすたるというものよ」
 嫌な予感がする。住職は焦った。
「そ、それはどういう意味でございますか」
 家老は鷹揚に笑う。
「遠慮することはござらん。住職の罪を背負ったヤマメを我々が食らい、ともに住職の罪を背負おうと決心したのだ」
 村人たちが一斉に歓声を上げた。
 なんのことはない。住職が育てたヤマメを、みんなで横取りしたいだけだ。子供たちが歓声をあげながら、一斉に川に飛び込む。いつ用意したのか、名主が釣り道具を村人に配っている。
 住職は、ふっと、精進滝の方向に目を飛ばした。
 滝の少し手前で、野良猫が川からさっとヤマメを咥えて逃げていた。いつもなら、すぐに𠮟りつけて追い払うが、もはや住職にそのような気力はなくなっていた。

(了)