AIが消し去る声、アルス・エレクトロニカ賞2026で栄誉賞受賞


窪田望の映像作品がアルス・エレクトロニカ賞2026にて栄誉賞を受賞
現代美術家・窪田望による映像作品《AIが消し去る声》が、メディア・アート分野で最も歴史と権威を持つ国際コンペティション「アルス・エレクトロニカ賞2026」のDigital Humanity部門においてHonorary Mention(栄誉賞)を受賞しました。1987年に創設されたアルス・エレクトロニカ賞は、芸術・テクノロジー・社会の関係を問い続けてきた国際的に権威ある賞です。Digital Humanity部門は、デジタル技術が人間や社会にもたらす変化を見つめ、より包摂的なデジタル社会の形成に寄与する芸術的・社会的実践を対象としており、窪田は唯一の日本人受賞者となりました。
2026年は世界106カ国から4,329件の応募が寄せられ、本作はDigital Humanity部門の応募754件中、15件の公式受賞作の一つとして選出されました。《AIが消し去る声》は、AIが社会を効率化する一方で、無自覚に進んでいるマイノリティの排斥を示唆する作品です。今回の受賞を通じて、この映像作品が提起する問いが国や分野を越えた対話へと開かれていくことが期待されています。
5本指ではない手がエラーとされる構造を問う
本作制作のきっかけは、AI専門家でもある窪田が経験した出来事に遡ります。AIで生成された画像に5本指ではない手が出力されるという現象を目にした窪田は、その背景に5本指ではない手をエラーとして排除するフィルターの存在があることに気づきました。最近ではこうした誤りは少なくなりましたが、その進化の裏側には、マイノリティが系統的に排除されるプロセスが存在しています。
「そのプロセスで排斥されているマイノリティの存在があるのではないか」という疑問から、窪田は生まれつき5本指ではなく暮らす裂手症の当事者やご家族、医療従事者の方々との対話を重ねながら、AI社会の背後にある分類の暴力性に迫っていきました。当事者の身体を一方的に記録し説明するのではなく、AI開発に関わってきた作家自身が、自らの中にあった「正しい身体」への無意識の前提と向き合っていく過程が映し出されています。
AIが映し出す分類の暴力性と社会的価値観
近代以降、写真、映像、医学的記録、統計、アーカイブといった技術は、人間の身体を記録すると同時に分類してきました。しかし現在、その分類の一部は、人間の眼からアルゴリズムへと委ねられつつあります。AIが行う判断は、人間社会が蓄積してきた価値観や偏見、分類の歴史が反映されたものに過ぎません。本作は、私たち自身が受け継いできた「見ること」と「分類すること」の暴力性を問い返す作品です。AIや文明の進化によって、人間は何を残し、何を見えないものにしてしまうのか。窪田はAIを通して、身体、分類、不可視化という、美術が繰り返し向き合ってきた問題を現代に問い直しています。
アルス・エレクトロニカ賞審査員団による高い評価
審査員団は、コード化された規範に収まらない身体が体系的に消去されていくという静かな暴力を明らかにする本作の意義を高く評価しました。NSFWフィルターの回避を含むデータセットのフォレンジック監査と、裂手症とともに生きる人々へのインタビューを組み合わせることで、本作は可視性をめぐる政治とデジタル上の尊厳を問い直しています。AIのバイアスをめぐる議論を抽象的な倫理の問題から、身体をもって生きる人々の現実へと引き戻し、AIが差異をエラーや猥褻なものとして誤認する構造を示しているのです。審査員団は、本作が安易な技術的解決主義を拒んでいる点を特に高く評価しました。AIエンジニアでもある窪田は、自己省察的な方法論を用い、制作過程において自らの内にある無意識のバイアスを露呈させることで、システムだけでなく、その作り手自身をも批判の対象としています。
窪田望が語る本作の意義
窪田は本作について、単にAI活用に警鐘を鳴らすための作品ではないと述べています。むしろ、私たちの時代がどのように「人間」の輪郭をつくり、誰をその内側に置き、誰を外側へ押し出しているのかを問い続けるための作品だと語ります。AIは便利な道具であると同時に、社会がすでに持っている価値観や分類の仕組みを映し出す鏡でもあります。窪田はAIそのものを批判するのではなく、AIを通して、社会が無意識のうちに前提としてきた「正常さ」や「人間らしさ」の境界を見つめ直したいと考えています。本作が国際的な評価を受け、学際的な議論の出発点となることへの喜びとともに、これまで本作に関わり、声を寄せ、支えてくださった多くの人々への感謝の念を表明しています。
出典: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000092.000038825.html