YOSHIKIがビリー・コーガンと語る創造性、X JAPANの反骨精神とAI時代の音楽


ポッドキャスト『The Magnificent Others with Billy Corgan』にYOSHIKI出演
7月2日、YOSHIKIが出演するポッドキャスト番組『The Magnificent Others with Billy Corgan』のエピソードが公開された。この番組はThe Smashing Pumpkinsのフロントマンであるビリー・コーガンがホストを務め、音楽、映画、カルチャーなど各界で大きな影響を与えてきた著名人をゲストに迎える対談番組である。これまでにジーン・シモンズ(KISS)、トム・モレロ(Rage Against the Machine)、コートニー・ラブ(Hole)など、音楽・映画・エンターテインメント界を代表する多彩なゲストが出演している。
X JAPANのヴィジュアル系形成における反骨精神
今回のエピソードでは、長年にわたり親交を深めてきたビリー・コーガンとYOSHIKIが、創造性、反骨精神、X JAPAN、ヴィジュアル系、そしてAI時代における音楽表現について語り合った。番組内でYOSHIKIは、X JAPANがヴィジュアル系ムーブメントの形成に大きな役割を果たしたことについて、「音楽やアートはもっと自由であるべきだと思っていた」「ルールはない。自分が思いつくかぎり、型にはまったものをすべて壊したかった」と語り、当時の日本の音楽シーンに対する反骨精神が表現の原点にあったことを明かした。
ビリーは1990年代初頭に日本を訪れた際、X JAPANの巨大なヘアスタイルや独自のヴィジュアル、圧倒的な存在感に衝撃を受けたと振り返った。アメリカのバンドから見ると「このバンドは一体どの惑星から来たんだ?」と思うほどの存在だったとし、ヴィジュアル系というスタイルについて「多くの功績はX JAPANにある」と述べている。
クラシックとロックを融合させた楽曲制作
YOSHIKIは自身の音楽的背景について、4歳からクラシックピアノを始め、10歳でドラムを始めたこと、KISS、パンクロック、ヘヴィメタル、グラムロック、David Bowieなどから影響を受けたことを説明した。X JAPANの楽曲制作については、クラシック音楽のバックグラウンドを活かし、ギターソロやドラム、ベースの細部に至るまで譜面に書き起こし、オーケストラを構築するようにロックを作っていたと語っている。
メジャーデビューと自らのルール設定
X JAPANの初期について、YOSHIKIは既存のメジャーレーベルのルールに従うのではなく、自分たちの表現を貫くために自らレコードレーベルを立ち上げたエピソードを披露した。周囲からメジャーデビューのためには「正しい見た目」や「業界のルール」に合わせるべきだと言われながらも、「誰かに自分たちを定義されたくなかった」と振り返っている。ビリーは、X JAPANがインディーズ時代のライブハウスから武道館、そして東京ドームへと急速に駆け上がっていった歩みについても掘り下げた。
ジョージ・マーティンとの制作と喪失からの再生
番組ではビートルズの伝説的プロデューサー、ジョージ・マーティンとの仕事についても言及された。YOSHIKIは英語がまだ十分ではなかった当時、ピアノで自分の意図を伝えながら制作を進めたと振り返り、ジョージ・マーティンについて「アーティストの言葉を丁寧に聴き取り、それをさらに良いものにしてくれる人だった」と述べている。X JAPAN解散後、hideの死により深い喪失感に襲われたYOSHIKIは一時、表舞台に立つことをやめ作曲家として裏方に徹することを考えていたという。しかし天皇陛下御即位10年奉祝曲の作曲・演奏を依頼されたことが転機となり、皇居前でオーケストラと共に演奏した際の観客の声を聞いて、もう一度ステージに戻るべきだと感じたと明かした。
AI時代における人間の表現の重要性
終盤ではAI時代における音楽と人間の表現についても議論が交わされた。YOSHIKIはAIについて「なくなるものではない」とした上で、創作においては人間の不完全さやその瞬間にしか生まれない表現こそが重要だと語った。これに対しビリーも、たとえコンピューターが完璧にピアノを演奏できたとしても、人々はYOSHIKIがその瞬間に何を表現するのかを観に来るのだと応じ、アーティスト同士ならではの深い対話が展開されている。
7月16日・17日にウォルト・ディズニー・コンサートホールで開催される2夜公演も紹介され、ジャンルを越境しながら世界を舞台に表現を続けるYOSHIKIの現在地が印象づけられている。
出典: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000623.000021123.html