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第8回「小説でもどうぞ」選外佳作 告白/ササキカズト

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第8回結果発表
課 題

うそ

※応募数327編
選外佳作「告白」ササキカズト
 女はパイプ椅子に浅く座り、猫のように背中をまるめたまま、ゆっくりと話し始めた。
「子供のころ、鳥を飼っていました。インコとか九官鳥とかです。何度か飼いました。……が、すべて逃げていってしまいました。わたしが鳥籠から出して遊んでいるうちに逃がしてしまうんです。わたしはその都度母に、うっかり窓を開けて逃がしてしまったと、泣きながら謝りました。そしてしばらくすると、今度はけっして逃がさないからと、せがんではまた買ってもらったのです。
 物心がつく前に父親を亡くし、母ひとり子ひとりでしたので、娘が寂しい思いをしているだろうと思ったのでしょう。母は何度も、わたしに鳥を買ってきてくれました。
 ……でも、うっかり逃がしてしまったというのは、実は嘘でした。わたしは、籠に閉じこめられた鳥たちが可哀そうになって、自由にしてあげたのでした。
 母は働きに出ていて、帰りはいつも暗くなってからですから、家で一人留守番をしていたわたしには、寂しくてたまらない日が少なからずありました。そんなときわたしは、鳥たちを自由にしてあげたいという自分の衝動が抑えられなくなったのでした。
 カナリヤ、インコ、九官鳥と、小学校の六年間で五~六匹の鳥を飼い、すべてを自由にしてあげました。
 わざと逃がしているのでしょうと、母から言われたことがありました。わたしは否定しました。逃がしてなんかいないと。これは本心でした。わたしは逃がしたのではなく、自由にしてあげたのだと言いました。屁理屈を言う子だとでも思ったのでしょうか、母はあまり追及しませんでした。
 中学生になると、今度は猫を飼いました。これも何匹か飼いました。飼うと言っても、自由に外に出していたので、帰って来ない猫も多く、よく近所を母と探しました。
 どの猫も見つかりませんでした。それはそうです。この猫たちも、わたしが自由にしてあげていたのでした」
「自由にしてあげた?」
 女の話をずっと黙って聞いていた男が、ここで口を挟んだ。白髪交じりの頭。しわの多いスーツを着て、女の対面にテーブルを挟んで座っている。
「高校生のころに犬を飼いました。」
 男の疑問を無視して、女は話を続けた。
「犬ももちろん自由にしてあげました。犬というのは、ご存知でしょうけど、事情があって飼えないというケースがとても多く、手に入れるのは簡単なことでした。でも、わたしが次々と自由にしてしまうので、母が飼わせてくれなくなりました。
 高校でいじめにあったわたしは、家に引きこもるようになりました。高校を中退してから、十年間引きこもり生活を続けました。その間ずっと働き続けていた母でしたが、最近はとても疲れているようでした。ある日そんな母がぼそりと、こんな生活もう嫌だと言いました。だから……だから母を、自由にしてあげたのです」
 女は淡々と話し続け、すべて告白した安堵のため息を、ふうと小さくついた。
 話を聞いていた初老の男は、深く息を吸い込んで、やがて口を開いた。
「事実を確認します。あなたは自分の母親を睡眠薬で眠らせ、首を絞めて殺害した。そしてすぐに警察に電話をかけた。自分の母親を殺したと。あなたの自宅に警察が駆け付け、風呂場で母親の遺体を発見。あなたを逮捕しました。間違いないですね」
「はい」
「これは計画的な犯行ですか? 自首しようというのは、決めていたことですか?」
 女は壁を見つめ、少し考えてから答えた。
「うちの庭はご覧になりました?」
「庭ですか? けっこう広いお庭でしたね」
「亡くなった父が中古で購入した家なんですけどね、庭が広いのがいいんです」
「……はあ。それが何か」
「わたし、自由になれますか?」
「は?」
「わたし、死刑になって、自由になれるでしょうか? 母を殺しただけでは死刑にはなれませんか?」
「我々警察は、そういったことを言う立場ではありませんが、普通、事件の重大性や被害者の人数などが加味されますから、今回の場合はすぐに自首してますし、死刑まではいかないでしょうな」
「そうですか。それではうちの庭を掘り返してみて下さい。今まで自由にしてあげたたくさんの動物たちが埋まっています。そしてまた、自由にしてあげた人も、何人も埋まっています。広いうちの庭ですが、もう母を埋める場所がなくなってしまったんです。困ってしまって、それで警察に電話したんです。もうわたしも自由になりたくなって……」
(了)