第8回「小説でもどうぞ」佳作 ほんとうのこと/島本貴広
第8回結果発表
課 題
うそ
※応募数327編
「ほんとうのこと」島本貴広
男は泥棒で生計を立てていて周辺の民家や事業所へと侵入しては金目のものを奪っていた。その日も一軒の民家に狙いを定めると手慣れた手つきで玄関のドアの錠をこじ開けた。昼の時間帯である。ふつうならば出かけている人が多く、男もてっきり留守にしていると思い込んでいた。だが、男の思惑は外れた。廊下を抜けると居間があってそこにひとりの老婆が座っていた。すっかり油断して足音を鳴らしながら進んだから、気配をかんたんに気づかれた。
「誰?」
「あ、ええと」
男は言い淀んだ。前にも住人と出くわしそうになったことがあり、そのときは庭の繁みに隠れてやり過ごした。だが今回は鉢合わせしているからそうはいかなかった。頭をフル回転させるが何も出てこない。すると老婆が立ち上がって歩み寄ってきた。
「雅紀? 雅紀じゃないか」
「そ、そうだよ雅紀だよ」
ちかくで見る老婆の目は細く、ほとんど見えていないのかもしれなかった。どうやらこどもか孫と勘違いしているらしい。男は心の中でほっと一息ついた。
「ようやく帰ってきたんだね」
「え? うん、遅くなってごめん」
「いいんだよ。お茶を出そう」
足腰がもう弱っているらしくおぼつかない足取りだった。思わず「大丈夫?」と声をかけたくらいだ。お茶を淹れている間に逃げようかと思ったが、不審がられて警察に通報などをされてはたまらない。男は適当に時間を潰して、自宅に帰るなどと言えば良いと考えていたが、そうこうしているうちに老婆が戻ってきた。
「あなたが刑務所に行ってる間、とても肩身が狭かったよ」
「え、刑務所?」
男は口に含んだお茶を吹き出しそうになった。雅紀という老婆の息子は刑務所に服役しているらしい。
「でも、もういいんだよ。これからのことはゆっくり考えよう」
「うん。ごめん」
謝罪の気持ちなどあるわけもなかったが合わせるほかない。居間にあったテレビの画面がつく。老婆はリモコンを手にザッピングしていく。
「やだね、ワイドショーっていうのは」
「そうだね」
テレビはもう何年も見ていなかった。つぎつぎと番組が切り替わっていき結局は通販番組で老婆の手は止まった。出演者が大げさなリアクションで商品を褒めちぎっている。お互いにぼうっとテレビを見続けた。こんな気の抜けた時間を過ごすのはひさびさだった。気づいたら夕方になっていて、男ははっとした。
「あ、ごめん俺もうそろそろ」
「ごはん、あんたの好きな卵焼きでも焼こうか」
老婆の申し出に男は何も言わずに再び座ると、押し出されるかのように老婆がよたよたと立ち上がった。
飯は美味しかった。卵焼きとウインナー、それにみそ汁とお新香と夕食にしてはすこし物足りなかったがずっと冷食であった男の口には満足だった。食後、悪いと思った男は洗い物を買って出た。
洗い物を終え、ふと居間の窓から外を見ると赤いサイレンが見えた。警察が追ってきているのかもしれないと思うと男は慄いた。もう少し、ここに居座らせてもらおう。夜は「あんまり片付けられていないけど」と通された雅紀の部屋に布団を敷いて眠った。
翌朝、いつまで経っても起きてこない老婆を心配した男は彼女が眠る寝室へと向かった。おそるおそる顔を覗き込むと仰向けになって寝ていたが、その息は苦しそうだった。何かの持病が悪化したのかもしれない。慌てて救急車を呼び病院に搬送したが医者には持って数日と告げられた。
せめて最後はほんとうのことを言ってやりたかった。男は表札にある姓名に雅紀と名前をつけてスマホで検索をかけた。すると数年前のちいさなネットニュースの記事が出てきた。彼は上場企業で経理をしていたが、横領で逮捕された。実刑判決を食らったが年数を計算すると既に出所しているはずだ。だが、こうして母のもとに帰っていないということは、行方をくらませているのだ。今はもうどこにいるのかわからない。男は老婆に最後までほんとうのことを言うことができなかった。
(了)
「誰?」
「あ、ええと」
男は言い淀んだ。前にも住人と出くわしそうになったことがあり、そのときは庭の繁みに隠れてやり過ごした。だが今回は鉢合わせしているからそうはいかなかった。頭をフル回転させるが何も出てこない。すると老婆が立ち上がって歩み寄ってきた。
「雅紀? 雅紀じゃないか」
「そ、そうだよ雅紀だよ」
ちかくで見る老婆の目は細く、ほとんど見えていないのかもしれなかった。どうやらこどもか孫と勘違いしているらしい。男は心の中でほっと一息ついた。
「ようやく帰ってきたんだね」
「え? うん、遅くなってごめん」
「いいんだよ。お茶を出そう」
足腰がもう弱っているらしくおぼつかない足取りだった。思わず「大丈夫?」と声をかけたくらいだ。お茶を淹れている間に逃げようかと思ったが、不審がられて警察に通報などをされてはたまらない。男は適当に時間を潰して、自宅に帰るなどと言えば良いと考えていたが、そうこうしているうちに老婆が戻ってきた。
「あなたが刑務所に行ってる間、とても肩身が狭かったよ」
「え、刑務所?」
男は口に含んだお茶を吹き出しそうになった。雅紀という老婆の息子は刑務所に服役しているらしい。
「でも、もういいんだよ。これからのことはゆっくり考えよう」
「うん。ごめん」
謝罪の気持ちなどあるわけもなかったが合わせるほかない。居間にあったテレビの画面がつく。老婆はリモコンを手にザッピングしていく。
「やだね、ワイドショーっていうのは」
「そうだね」
テレビはもう何年も見ていなかった。つぎつぎと番組が切り替わっていき結局は通販番組で老婆の手は止まった。出演者が大げさなリアクションで商品を褒めちぎっている。お互いにぼうっとテレビを見続けた。こんな気の抜けた時間を過ごすのはひさびさだった。気づいたら夕方になっていて、男ははっとした。
「あ、ごめん俺もうそろそろ」
「ごはん、あんたの好きな卵焼きでも焼こうか」
老婆の申し出に男は何も言わずに再び座ると、押し出されるかのように老婆がよたよたと立ち上がった。
飯は美味しかった。卵焼きとウインナー、それにみそ汁とお新香と夕食にしてはすこし物足りなかったがずっと冷食であった男の口には満足だった。食後、悪いと思った男は洗い物を買って出た。
洗い物を終え、ふと居間の窓から外を見ると赤いサイレンが見えた。警察が追ってきているのかもしれないと思うと男は慄いた。もう少し、ここに居座らせてもらおう。夜は「あんまり片付けられていないけど」と通された雅紀の部屋に布団を敷いて眠った。
翌朝、いつまで経っても起きてこない老婆を心配した男は彼女が眠る寝室へと向かった。おそるおそる顔を覗き込むと仰向けになって寝ていたが、その息は苦しそうだった。何かの持病が悪化したのかもしれない。慌てて救急車を呼び病院に搬送したが医者には持って数日と告げられた。
せめて最後はほんとうのことを言ってやりたかった。男は表札にある姓名に雅紀と名前をつけてスマホで検索をかけた。すると数年前のちいさなネットニュースの記事が出てきた。彼は上場企業で経理をしていたが、横領で逮捕された。実刑判決を食らったが年数を計算すると既に出所しているはずだ。だが、こうして母のもとに帰っていないということは、行方をくらませているのだ。今はもうどこにいるのかわからない。男は老婆に最後までほんとうのことを言うことができなかった。
(了)