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第8回「小説でもどうぞ」佳作 落選日和/蒼井征一

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第8回結果発表
課 題

うそ

※応募数327編
「落選日和」蒼井征一
「ない……」
 バイト帰りに立ち寄った書店で、僕は文芸誌を立ち読みしながら肩を落とした。新人賞の一次選考結果が記載されたページに、今年も僕の名前は見当たらなかった。今回は自分でもよく書けたという思いがあっただけに、落胆の度合いも大きかった。
 だがそんな気持ちは束の間のことで、僕の頭はすぐに、彼女にどう言えばいいのだろうという思いに支配された。
「今度こそ絶対に入賞するから」といい続けて早五年。結果的には、今年もまたうそをついてしまったことになる。その間、定職に就かず執筆に励んでいた僕を、同棲中の彼女は正社員としてフルタイムで働き、支えてくれていた。

「今年は応募数が例年より激増していてね」
「予選通過者の数が去年の半分くらいになっていたんた。もはや宝くじ並の確率の狭き門だよ」
「原稿の規程枚数、うっかりオーバーしちゃってた……」
 どれもこれも、うその上塗りだ。どうせうそならいっそのこと、締め切りまでに出し忘れたことにしようか。

 僕はひたすら彼女への言い訳を考えながら、とぼとぼと家路についた。アパートの階段を上る足取りがいつもの何倍も重く感じられた。玄関の前まで来てしまったけれど、これぞという言い訳は、結局見つからずじまいだった。
 鍵穴に鍵を入れ、回す。なぜか扉が開かない。珍しく彼女が先に帰っていたのだ。家へ入るなり、何やら旨そうな匂いが漂ってきた。
 麻婆豆腐だ。
 僕の大好物を、久し振りに彼女が作ってくれていた。
「おかえりー」
 フライパンを揺らしていた彼女が僕に気づき、繁盛している中華食堂の店主みたいに、威勢のいい声で言った。
「ただいま、今日は早かったね」
「うん、珍しく残業もなかった。あ、もう出来ちゃうから早くお皿出して!」
 僕は、大急ぎで手を洗って着替え、皿や茶碗を食器棚から取り出した。テーブルに並べたばかりの大皿に、彼女が間髪入れずに出来たての麻婆豆腐を盛り付けた。
「はい、どうぞ召し上がれー」
 なんだか彼女、今日は機嫌良さそうだな。もしかして新人賞のことなんて忘れてるかな。
 そう思った僕は、ならばこのまま黙ってやり過ごすのが一番だと考え、素知らぬ顔で目の前の麻婆豆腐を食べ始めた。

「で、何か報告することあるんじゃない?」
 向かい合って食べていた彼女がおもむろに切り出した。僕は戸惑って、動揺しながら「うん?別に何もないけど」と答えた。
「知ってるよ。今年もダメだったんでしょ。本屋さんで見たよ」
「なんだ。知ってたんだ……」
 僕は茶碗をテーブルに置き、コップの水を一口飲んだ。そして、いい加減諦めて定職に就いてよ、と彼女に言われるのを覚悟した。

「だめだなあ、もっともっと、うそが上手くならなきゃ」
 彼女が僕の取り皿に麻婆豆腐を追加しながら言った。
「へ?」
「小説は『うそ』そのものだって、有名な作家の先生が言ってたよ。だったら小説家になるってことは、『うそ』のプロフェッショナルになるってことでしょ」
 彼女がご飯を頬張りながらニッコリと笑う。

 来年こそ君のためにがんばる。この気持ちだけは、絶対うそじゃないから。
 僕はそう誓って、皿から溢れそうな麻婆豆腐をきれいに平らげた。
(了)