第8回「小説でもどうぞ」佳作 淡いブルーのトランクス/佐藤清香
第8回結果発表
課 題
うそ
※応募数327編
「淡いブルーのトランクス」佐藤清香
今日、わたし、旦那様のパンツを西友に買いにきた。やっぱり、白のブリーフがいいのかな。けれど、白のブリーフはもう古いのかな、このボクサーパンツっていうの、なんか格好がいいけれど、ボクサーパンツを履いている人はなんとなく軽いかんじがするのでやめよう、結局、淡いブルーのトランクスにした。トランクスってなんかポップなかんじ。
家に帰り、ただいま、と言って自分の洗濯物と買ってきたトランクスを洗濯機に入れ、まわす。かたんかたんという音を聞きながら温かいお茶を注ぎ、芋羊羹を食べる。洗濯が終わり、洗濯物を干す。わたしの茶系の衣類のなかで淡いブルーのトランクスは異彩を放っている。洗濯物を干し終え、洗濯物が干してある様を外から眺めるため、家を出る。下から見ても二階のベランダはよく見えないので、近くの団地の二階から自宅をみる。
「あ、」
思わず声がでる。真ん中に堂々と干されたトランクス一枚が混ざるだけでわたしの家に物語が生まれた。旦那様のもの。お父さんのもの。頰があたたかくなってゆくのがわかるスキップするように団地の階段を降りる。家に戻り、ぬるくなったお茶を飲みながら、淡いブルーのトランクスを履いている人の絵を描く。うまく描けない。テレビをつけると、男性アナウンサーがニュースを伝えていた。こんなかんじ、この人にしようそう決めたら楽しくなって、鼻歌なんかうたってしまった
次の日は「西松屋」へ行ってみた。おおきなウサギのキャラクターの看板を見上げ店内に入ると、子供服がずらりとならぶ。どれを選ぶか軽いめまいをおこすが、赤いワンピースに目が止まった。こんな感じのワンピースを幼い時、着ていたような気がした。赤いワンピースが決まれば、イメージがはっきりとし、他の衣類は買いやすかった。白いレースの靴下、薄ピンクのパンツ、くまのプーさんのパジャマ、買う気はなかったけれど、黄色い長靴も買ってしまった。家へ帰り、長靴を玄関におくと、黄色い花が咲いた。薄暗い玄関にそこだけ春がきた。そして、また昨日と同じように買ってきたものを洗濯する。かたんかたんかたん、淡いブルーのトランクスはもう乾いてしまった。また明日ちがうものも買ってこよう。洗濯物を干し、また団地の二階から自宅のベランダを眺める。
赤い、今日の夕日みたいなワンピース、白いレースの靴下、薄ピンクのパンツ、プーさんのパジャマ。賑やかな声がきこえてきそうな家だ。小学生の女の子。おしゃべりで、元気で、可愛いものが大好きな女の子。
わたしは、奥さんで妻でママでお母さんだ
はやく、夕ご飯の支度をしなくちゃ、早足で団地の階段を降り、家へもどると黄色い長靴があった。
「あらー、はやかったのねぇ、おかえり」
こんな優しい声。初めて聞く自分の声。
それから、靴も洗濯物も増えた。玄関には革靴やスニーカー、ピンクのサンダルを置いた。住宅街を歩いて参考にした洗濯物は白と青のストライプのパジャマ、白いワイシャツジーンズ、YAZAWAのタオル、プリキュアのTシャツ、草野球チームのユニフォーム、体操着、赤白帽。からからから回った洗濯物はがらがらがらと音を変え、洗濯物が干してある様を団地の二階から眺めるのはやめた。
一番いい眺め方があったのだ。電車の車窓から、我が家を見る。我が家のベランダには大量の洗濯物が干してある。誰もあの家に住んでる人が、ひとりだなんて思わないわよねぇ、小さな子供とお父さん、お母さん、お父さんは矢沢永吉が好きで、草野球をしてるのね、子供は女の子でプリキュアが好きなのね今日の晩御飯は何かしら、面倒だからお惣菜のコロッケなんかにしちゃおうかしら、お父さん、今日も残業かな、最近お疲れ様だからビールもう一本追加してあげよう、想像してふふふ、と笑いがこぼれてしまい、横に座っている老婆の目線を感じた。
「すいません、思わず笑ってしまって。不気味でした? いや、我が家が見えたんですけど
洗濯物があふれんばかり干してありまして、我ながら騒がしい家だなぁって、」
老婆は、こわばった表情で愛想笑いをして
立ち上がり、そそくさと隣の車両に行ってしまった。誰もあの家に住んでる人が、ひとりだなんて思わないわよねぇ、小さな子供とお父さん、お母さん、いつも騒がしく毎日が過ぎて、うそみたいに春になって夏になって秋になって冬になるの。
車窓から見る風景は流れ、洗濯物が干してあるいくつもの家々が見える。もう、あそこの家とわたしの家の区別がつかない。わたしは、どの駅で降りればいいんだっけ?車内の人に聞こうとして、まわりを見渡すけれど、不思議。誰ひとり、そこにいないの。
(了)
家に帰り、ただいま、と言って自分の洗濯物と買ってきたトランクスを洗濯機に入れ、まわす。かたんかたんという音を聞きながら温かいお茶を注ぎ、芋羊羹を食べる。洗濯が終わり、洗濯物を干す。わたしの茶系の衣類のなかで淡いブルーのトランクスは異彩を放っている。洗濯物を干し終え、洗濯物が干してある様を外から眺めるため、家を出る。下から見ても二階のベランダはよく見えないので、近くの団地の二階から自宅をみる。
「あ、」
思わず声がでる。真ん中に堂々と干されたトランクス一枚が混ざるだけでわたしの家に物語が生まれた。旦那様のもの。お父さんのもの。頰があたたかくなってゆくのがわかるスキップするように団地の階段を降りる。家に戻り、ぬるくなったお茶を飲みながら、淡いブルーのトランクスを履いている人の絵を描く。うまく描けない。テレビをつけると、男性アナウンサーがニュースを伝えていた。こんなかんじ、この人にしようそう決めたら楽しくなって、鼻歌なんかうたってしまった
次の日は「西松屋」へ行ってみた。おおきなウサギのキャラクターの看板を見上げ店内に入ると、子供服がずらりとならぶ。どれを選ぶか軽いめまいをおこすが、赤いワンピースに目が止まった。こんな感じのワンピースを幼い時、着ていたような気がした。赤いワンピースが決まれば、イメージがはっきりとし、他の衣類は買いやすかった。白いレースの靴下、薄ピンクのパンツ、くまのプーさんのパジャマ、買う気はなかったけれど、黄色い長靴も買ってしまった。家へ帰り、長靴を玄関におくと、黄色い花が咲いた。薄暗い玄関にそこだけ春がきた。そして、また昨日と同じように買ってきたものを洗濯する。かたんかたんかたん、淡いブルーのトランクスはもう乾いてしまった。また明日ちがうものも買ってこよう。洗濯物を干し、また団地の二階から自宅のベランダを眺める。
赤い、今日の夕日みたいなワンピース、白いレースの靴下、薄ピンクのパンツ、プーさんのパジャマ。賑やかな声がきこえてきそうな家だ。小学生の女の子。おしゃべりで、元気で、可愛いものが大好きな女の子。
わたしは、奥さんで妻でママでお母さんだ
はやく、夕ご飯の支度をしなくちゃ、早足で団地の階段を降り、家へもどると黄色い長靴があった。
「あらー、はやかったのねぇ、おかえり」
こんな優しい声。初めて聞く自分の声。
それから、靴も洗濯物も増えた。玄関には革靴やスニーカー、ピンクのサンダルを置いた。住宅街を歩いて参考にした洗濯物は白と青のストライプのパジャマ、白いワイシャツジーンズ、YAZAWAのタオル、プリキュアのTシャツ、草野球チームのユニフォーム、体操着、赤白帽。からからから回った洗濯物はがらがらがらと音を変え、洗濯物が干してある様を団地の二階から眺めるのはやめた。
一番いい眺め方があったのだ。電車の車窓から、我が家を見る。我が家のベランダには大量の洗濯物が干してある。誰もあの家に住んでる人が、ひとりだなんて思わないわよねぇ、小さな子供とお父さん、お母さん、お父さんは矢沢永吉が好きで、草野球をしてるのね、子供は女の子でプリキュアが好きなのね今日の晩御飯は何かしら、面倒だからお惣菜のコロッケなんかにしちゃおうかしら、お父さん、今日も残業かな、最近お疲れ様だからビールもう一本追加してあげよう、想像してふふふ、と笑いがこぼれてしまい、横に座っている老婆の目線を感じた。
「すいません、思わず笑ってしまって。不気味でした? いや、我が家が見えたんですけど
洗濯物があふれんばかり干してありまして、我ながら騒がしい家だなぁって、」
老婆は、こわばった表情で愛想笑いをして
立ち上がり、そそくさと隣の車両に行ってしまった。誰もあの家に住んでる人が、ひとりだなんて思わないわよねぇ、小さな子供とお父さん、お母さん、いつも騒がしく毎日が過ぎて、うそみたいに春になって夏になって秋になって冬になるの。
車窓から見る風景は流れ、洗濯物が干してあるいくつもの家々が見える。もう、あそこの家とわたしの家の区別がつかない。わたしは、どの駅で降りればいいんだっけ?車内の人に聞こうとして、まわりを見渡すけれど、不思議。誰ひとり、そこにいないの。
(了)