展開が思いつかなすぎてやけくそになってしまったやつ #第34回どうぞ落選供養 --- 『腐っても駄菓子屋』 蝉の鳴き声が耳をつんざく。じりじりと照りつける太陽の下、アスファルトから立ち昇る熱気が肌を刺す。私は額の汗を拭いながら、ゆっくりと坂道を上っていく。 「もう、歩くのも大変な年になっちゃったわね」 そう呟きながら、懐かしい風景を眺める。古びた木造の家々、道端に咲く朱色のサルスベリ、遠くに見える入り江。すべてが50年前と変わらないようで、でもどこか違う。 坂の頂上に差し掛かると、私は立ち止まった。そこには一軒の古い駄菓子屋がある。「たなか屋」と書かれた看板は色褪せ、軒先にぶら下がる風鈴は錆びついている。店先には、「本日をもって閉店」の貼り紙。 深呼吸をして、がたがたと揺れる木の扉を開けた。 「いらっしゃい」 かすれた声が響く。奥から現れたのは、白髪まじりの老人だ。 「あら、田中さん。お元気だったの」 私は微笑む。 「おや、夏子ちゃんか。久しぶりだねぇ」 田中さんは目を細めて笑った。 店内をゆっくりと見渡す。古びたガラスケースの中には、色とりどりの飴や、懐かしいお菓子が並んでいる。壁には黄ばんだカレンダーが掛かり、時計の針はゆっくりと動いている。 「最後の日に来られてよかった」 田中さんは静かに言う。 「さっきね、最後のお客さんが来たんだ。小学生の男の子でね、目をキラキラさせながら駄菓子を選んでたよ」 胸が締め付けられるような思いがする。子供の頃、ここで駄菓子を買っていた日々が走馬灯のように蘇る。 「ねえ、田中さん。最後だから、あのゲーム、もう一度やらせてもらえないかしら」 田中さんは目を丸くした後、くすくすと笑い出した。 「まさか、あの当てくじのことかい?」 私は頷く。田中さんは棚から古びた箱を取り出し、カウンターに置いた。 「さあ、どうぞ」 深呼吸をして、おそるおそる箱に手を入れる。紙をくじくじと破る音。そして、 「当たり!」 自分の声が店内に響く。田中さんは大笑いしながら、「やれやれ、最後の日に当てられちまったよ」と言って、棚から一番大きな飴を取り出した。 急に、目に涙が浮かぶ。しかし、その涙は濁った緑色で、頬を伝って落ちていく。 「やはり、気づいていたのね」 私は静かに言う。 田中さんはゆっくりと頷いた。 「ああ、君も私も、もう人間ではない。でも、それを認めたくなかった」 自分の手をじっと見つめる。皮膚の下で、緑がかった血管が脈打っている。 「どれくらい経ったのかしら、私たちがこうなってから」 「正確にはわからない」 田中さんは棚の埃を指でなぞりながら答えた。 「記憶が断片的でね。でも、少なくとも数十年は経っているはずだ」 店内を見回す。 「じゃあ、この駄菓子屋も、私たちの記憶の中でしか存在しないのね」 「そうだ」 田中さんは悲しげに微笑んだ。 「我々は自分たちが生きていると信じるために、この幻想を維持してきたんだ」 棚から古いキャンディを手に取る。 「これも...」 「ただの石ころさ」 田中さんが言葉を継いだ。 「でも、我々の舌には甘く感じる。我々の脳が、そう信じ込ませているんだ」 静かにキャンディを口に入れる。確かに甘い。しかし、その甘さの中に、何か腐ったような味が混じっている。 「私たち以外にも、こんな...ゾンビはいるの?」 恐る恐る尋ねる。 田中さんは窓の外を見やった。 「いるだろう。でも、みんな我々と同じように、自分の状況を受け入れられずにいるんだ。だから、互いに気づかないふりをしている」 胸に手を当てる。心臓の鼓動はない。 「これからどうすればいいの?」 「正直、わからない」 田中さんは肩をすくめた。 「でも、もうこの幻想を維持する必要はないんじゃないか。我々の本当の姿を受け入れて、新しい生き方を見つける時なのかもしれない」 ゆっくりと立ち上がる。その動作に、人間らしい滑らかさはない。 「じゃあ、この店を閉めるのは、私たちの新しい人生...いえ、死後の生の始まりってことね」 田中さんも立ち上がり、私の方へ歩み寄ってきた。 「そうだ。怖いかい?」 首を横に振る。 「いいえ、怖くはないわ。ただ...寂しいだけ」 私たちは黙って見つめ合う。そして、ゆっくりと抱き合う。その時、私たちの体から人間らしい温もりが最後の一滴まで抜け落ちていくのを感じた。 「さあ、行こうか」 田中さんが言う。 「外の世界へ。我々の本当の姿で」 私は頷く。手を取り合い、がたがたと揺れるドアを開ける。外の世界は、思っていたのとは全く違う姿をしていた。しかし、それは私たちの新しい現実だった。 駄菓子屋の看板が風に揺れ、やがて落下する。私たちの姿は、荒れ果てた風景の中にゆっくりと溶けていった。
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