特別企画に参加します。 #第35回どうぞ落選供養 「名人狩り」 名人など要らない、平等な社会を目指すことを公約に掲げた政党が、与党となると「名人狩り」が行われるようになった。完璧な平等を意識した結果、複雑な作業は全てAIが行うため、誰がいつ休んでも文句を言われなくなった。誰が作業を行おうと結果が同じだからだ。見事な作業実績に会社は満足し、ノルマもなくなる。一昔前の実績を競わせる棒グラフを壁に貼り、やる気を起こさせるために取り散らす嫌な役目も上司は行わなくて良くなった。いや、上司・部下という区分さえ要らない。AIが全て判断をしてくれるのだから。誰もが好きに休み、モチベーションをあげたくなれば適度に仕事をする、家庭に仕事の不満を持ち込むこともない。ワークライフバランスは見事に実現され、ゆとりが生れ優雅な生活が実現したのだ。誰もが幸せでしかない、そう思ってたのだが。 自分なりの工夫で技術を磨いてきた、名人と呼ばれる人々は各地に存在し続けた。その人達でなければならないと仕上がらないものは一向に減らない。 「やはり梅干し名人のサワさんの味はAIでは無理だわ」 「おじいちゃんのつま先に勝るタケノコ探知機はないね」 本当に些細なものではあったが、名人の技術は世代を超えて伝え続けられるため、名人はどうしても消えないのだ。 総理大臣の凡野盆太郎は、イラついた。彼はなにをやっても凡庸で才能あふれる人々の陰に隠れ続けた人生だったからだ。全てをそれなりにこなせるため不出来と言われたことはないが、褒められることもない。常に中途半端な人生を送って来たのだ。スポットライトの当たる人々には妬みを感じ、自分は歯車の一種になるのではないかと不安を感じるようになった。それなりにできるというのは、もっと褒められていいものではないか?そう感じてから凡野盆太郎は密かに「人類凡庸計画」の活動を始めた。最初はやみくもに宣伝をしていたが、鼻で笑われる。秀でた人間がなぜ悪いのかが分からない相手にもされなかった。俺の計画はやはりダメなのか、一時は自信を失ったが考えを改め、宣伝する相手を最下層や社会の底辺を自虐する人々に変えてみると。 一部の才能ある人間に不平等を感じていた彼らは飛びついたし、彼らの前では凡野は優秀な人間だった。彼らはそれなりのレベルで物事をこなせず文句ばかり言い続ける人々だったのだ。また、かけ離れてできるのではなく頑張れば届きそうな程度にそつなくこなす凡野は彼らにとって親近感のわくリーダーであった。また、凡野には勝機があった。優れた階層よりも底辺と言われる階層の方がずっと人口が多かったのだ。あっという間に凡野が立ち上げた凡庸党は政権与党となり、AI化も進んだ。優れた人材は駆逐され、世の中は凡庸で満ち溢れた。 凡庸に心地良さを感じた凡野は、社会の中心にいた優秀な人材を駆逐しただけでは物足りなくなった。他に俺より称賛される人間はいないか。俺の影を薄くする人間はいないか。そうして「名人狩り」は始まったのだ。劣等感の塊の彼らはどんな些細なことでも名人と呼ばれる人々を許さなかった。日常の軽口で、 「あら、しわ取り名人ね」 というものでも許さなかった。地域の伝統を継承者から家庭の知恵袋のような存在まで名人の声を聞くだけで名人狩りに遭ってしまった。小学校に突然乱入し、九九名人や辞書引き名人、縄跳び名人まで捕まってしまった。名人狩りは老若男女関係なく厳しく取り締まられたのだ。 「国民よ、肩に力を入れるな、ゆとりと豊かな暮らしを楽しめ」 そう宣言する凡野に国民は称賛の声をあげた。楽な暮らしを知ってしまった今、よりよい暮らしを求めて努力する者は敵と認識されてしまったのだ。 こんなにうまくいくとはな。体が埋もれていくような感覚のソファに体を預けながら凡野はほくそ笑む。総理大臣としての決断は全てAIに任せた。自分はAIが唯一できない押印をすればいいだけだ。名人狩りにより世の中には俺以上に優れた奴はいなくなった。もしかするとだらけた生活を送りながら政治の頂点に上り詰めた人間は俺だけかもしれないな。そう思った瞬間、ドアがバン!と開かれ名人狩りがなだれ込んだ。 「な、なんだね!」 「だらけ名人を逮捕します!」 凡野は誰よりもだらけた生活を送ったことでAIにより名人認定されてしまったのだ。 「こら!俺がいなくなったら世の中まわらなくなるぞ!」 凡野がいくらわめいても判断能力のない人々はAIの判断のまま凡野を名人刑務所へぶち込んだ。 凡野がいなくなると判断能力のない人々が、人以上に有能なAIに腹を立て「名人狩り」と称して破壊してしまった。判断能力のない人々しかいなくなった世の中がどうなったか、それは誰も知らない。 「こわーい!」 「怖いでしょ?だからね凛音ちゃんはしっかり勉強して九九名人になりましょうね」 「うん!」
はそやm