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藤和

#第35回どうぞ落選供養 お知らせが来たので供養させていただきます。 『しあわせの名人』  お母さんが消しゴムをカッターで彫っている。消しゴムはんこを作るのが趣味なのだ。  お母さんはとにかく手作りのものが好きなようで、自分で本を作っては、その表紙に手作りのはんこを押したりもしている。  毎月僕のためだけに本を作ってくれて、そんなことがずっと昔から続いている。残っている本を数える限りでは、どうやら僕が生まれて一ヶ月経った頃から、僕のための本を作り続けているようだ。  はじめの頃の本に押されている消しゴムはんこはぎこちない出来だったけれども、今ではすっかり手慣れたもの。売り物にしても遜色なさそうだ。  そんなお母さんに、僕が小学生の頃、大好きだったアニメキャラのはんこを作ってほしいと頼んだっけ。もちろん、お母さんはにこにこと笑って作ってくれた。  そのはんこを学校に持っていって自慢したら、クラスメイトに盗まれた。そのことに気づいたときは悔しくて悲しくて、ずっと泣いていたっけ。  泣いて暴れる僕をあやすように、お母さんはまた作るから。とやさしく言ってくれた。その言葉通り、同じものを面倒くさがらずにまた作ってくれた。僕の手元に帰ってきたように思えた消しゴムはんこを握りしめて、うれしくてまた泣いたっけ。  あの時から変わらず、お母さんは今日も消しゴムはんこを彫っている。その表情はどこかぼんやりしているけれども、細かく彫り込んでいく手さばきはさすがだ。  おやつのクッキーをかじりながら、消しゴムはんこを彫るお母さんを見る。はんこ作りも本作りも、夢中になってやっているお母さんが好きだ。  いつもやさしくて一生懸命になれるものがあるお母さんが好きだ。  お母さんが大好きだという気持ちと、日頃の感謝を伝えるのにどうしよう。と悩んでいたら、幼なじみがプレゼントをしたら? とアドバイスしてくれた。  もうすぐ母の日だし、プレゼントをする口実にはちょうどいい。そう思った僕は、お母さんへのプレゼントはなにが良いかなとこっそりと考えた。  そして母の日。僕は通っている中学校から急いで帰った。部活も休んで、同じ学校に通っている幼なじみからエールももらって、お母さんへのプレゼントを隠している僕の部屋へと急いで向かった。  玄関に入るなり慌ただしく階段を駆け上る。二階にある自室の机の引き出しを開ける。その中には不器用なラッピングがされたプレゼントが入っている。  プレゼントを手に取って、またばたばたと階段を駆け下りる。それから居間に行くと、きょとんとした顔のお母さんが、ソファに座って電子メモのキーを叩いていた。 「今日はなんだかいそがしいね」  おっとりとそういうお母さんに、僕はプレゼントを差し出す。 「今日は母の日だから、プレゼント!」  それを聞いたお母さんは少しおどろいた顔をして、俺のプレゼントを受け取る。 「ありがとう。開けていいかい?」 「も、もちろん」  目の前で開けられるのは少し恥ずかしいけれど、お母さんがどんな反応をするのかも気になる。だから、その場でお母さんがラッピングを開けるのを見守った。  中から出てきたのは、お母さんの親指くらいの大きさの消しゴムはんこと、手紙の入った封筒。  お母さんは消しゴムはんこをしげしげと見てにっこりと笑う。 「おや、かわいいね。これは作ってくれたの?」 「う、うん。お母さんほどうまくないけど……」 「早速押してみていい?」 「うん、いいよ」  お母さんがいつも家の中で持ち歩いているトートバッグから、スタンプパッドとメモ帳を取り出して、僕が作ったはんこを押す。メモ帳の上にぎこちない花の模様が乗った。 「わぁ、いいね。かわいいね」  お母さんはにこにこと笑ってはんこのインクを拭き取って、トートバッグからはんこケースを取り出して中に入れる。  それから、手紙を封筒から出して読みはじめる。目の前で読まれると恥ずかしいけど、にこにこしているお母さんのことは見ていたかった。  手紙を読み終わったお母さんが僕に言う。 「君は、私をしあわせにしてくれる名人だね」  その言葉があまりにも気恥ずかしくて、ついふくれっ面をしてしまう。 「そ、そんなんじゃないし」  思わずそっぽを向いてそう言うと、お母さんがうれしそうにくすくすと笑った。  それから一ヶ月が経った頃。お母さんが今月も僕のために作った本を渡してきた。  毎月僕のためだけにお話を書いてくれるのもうれしいけれど、今月の本は、表紙に僕が作ったはんこをいっぱい押していある。 その本を見て顔が熱くなる。  こんなふうにスタンプを使ってもらえるのがうれしいし、お母さんが僕のプレゼントをよろこんでくれたのもうれしい。  僕はそそくさと自室に戻って、今月のお話をじっくりと読む。  お母さんだって、僕をしあわせにしてくれる名人なんだ。

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