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陽心

勝手に横田順彌先生のハチャハチャ(はちゃめちゃ)の流れを汲む、SFではないですが宜しくお願い致します。 #第36回どうぞ落選供養 題名:芸術は爆発だ 「写真指名できんのか?」 「そういうお店じゃありませんから」  老人は女性歯科医師数名で運営されている「デンタルパラダイス」の受付で粘っていた。アダルト雑誌の広告欄で見つけたクリニックだったので、妄想が膨らんで今にも破裂しそうだった。 「カワイ子ちゃんじゃなかったら即チェンジするからの」  白一色で統一された待合室には、ホワイトニングやインプラントの紹介文と説明図や写真が掲示されていた。診療スペースへエスコートしてくれたピンクの制服の担当医は、ロリっぽい娘だった。  老人が座り心地を確かめていると、「今日はどうしましたか?」と優しい言葉がかかった。  口をすすいでから「水が歯にしみるんじゃ」と苦痛の表情で訴えた。  医療用チェアが倒され「はい、あーんして」細長い指で口内に歯科鏡を挿し込んで、つぶらな瞳で覗き診てから「虫歯は無いようね。歯垢が溜まっているから炎症起こしてるんだと思うわ」と甘くささやいた。 「お仕事、たいへんですか」突然なにを言い出すのかと思ったが、目が合った瞬間に心の奥底まで見透かされた気がして冷や汗をかいた。  咳払いをして「それだけにやりがいがある」と見栄を張ってみせたら、目を細めてマスク越しにニコリとしたのが分かった。 「ちょっとお待ちくださいね。歯をクリーニングする歯科衛生士と交代しますから」彼女が立ち去ってしまった。  ズシンッズシンと地響きが近付き、紙コップのミントの水面が波打った。 「今から掃除しますから、口を開けて下さい」担当医に代わった助手が足と見まがう筋肉質の腕を伸ばして「もっと大きく開けて」と手袋が野球クローブのような手で口を全開させた。爆発しそうに膨れ上がった欲望が一気にしぼんでしまった。  歯が悪いのを長い間、放置していたせいか、消化器官の調子まで悪くなった。老人は県政を預かる知事であり、ストレスが絶えないのも一因であったかもしれない。多忙な折で一日人間ドッグコースを半日で済ますために、胃カメラと大腸カメラを同時に入れて検査したが、特に異常はみられなかった。上下から入れたカメラ同士は腹の中で遭遇したのだろうか。麻酔が効いて朦朧とする中、モニターを見つめながら内視鏡操作する検査医の談笑が聞こえた気がする。  建築アート博覧会の集客数が予想を下回り、知事が県議会の場で意見を募ったところ、普段は居眠りの目立つ議員からとんでもないアイディアが出された。 「会期を終えるパビリオンを順に爆破して、複数台のカメラで中継配信します。ドローンによる空撮も行い、録画映像はYoutubeで流したらどうでしょう」興奮気味に発言する。 「建築デザイナーからは猛反発くらうじゃろう。第一、爆破は危険過ぎる。県が率先してできることではない。費用負担した国の認可はおそらく下りんよ」と反論しながらも興味が沸いた。  国の認可があっさり下りた。総理大臣官邸には爆破シーンが売りの西部警察のポスターが掲示されていた。メインキャストである石原軍団の直筆サイン入りだ。お上の認可はやはり忖度か。  ところが、裏金問題から内閣は退陣、ほぼ同時期に、知事もセクハラとパワハラ問題から辞職に追い込まれた。博覧会のパビリオンはひっそりと片付けられた。  だだっ広い更地に、パビリオンの中央に鎮座していたシンボルの塔だけがポツンと残った。頭部は火神をイメージしたデザインだった。その脚部に腰掛けて塔を仰ぎ見る老人がいた。火神の視線が下を向いた。 「ずいぶんしけた顔してるじゃないか」天上からバリトンボイスが降って来た。 「権力を失った、ただの老いぼれを笑いたければ笑えばいいわい」老人は元知事だった。失職して縮んでみえた。 「海が広いな」火神が目の前にまで迫る波を押し出す水平線まで目で追った。 「太平洋だから」老人がクスっと笑う。 「おまえも広い心を持ったらどうだ。穏やかになるぞ」 「どうせ、みみっちい男じゃよ」老人はふと子供の頃に両親と遊んだ砂浜に記憶が飛んだ。 「山が大きいな」火神が反対側の景色に視線を移して呟く。 「日本で有数の連峰だからな」 「おまえも大きな志を持ったらどうだ。夢が開けるぞ」 「いやあ、もう年だから無理じゃな」老人は小学生の時の授業参観日に披露した将来の夢という作文の内容が何であったかを思い出そうとした。 「そういえば、建築アートを爆破するプランがあったそうじゃないか」 「計画倒れじゃな」 「これからどうなるんだ」 「リゾート施設でもつくるんじゃろう」 「そうか。高い建て物は勘弁して欲しいな。ここは自然の眺めが気に入っている」 「さあな」 「自然は地球のアートだよ。自然は破壊してはいかん」 「地球のアートの恵みは美味い」近隣に見渡せる果樹園に目が行く。腫れた歯茎が爆発しそうに痛み出した。入れ歯は御免だ。自分の歯で噛み続けたい。またあの歯医者に会いに行こうかの。 (了)

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