黒田様 コメントありがとうございます。最後の部分が表現しきれておりませんでした。
- サンドへの返信サンド
- サンド
#36回どうぞ落選供養 できの悪い作品でも、供養はしてやらねばと今回も投稿いたします。 タイトル:Art of minimalism 今日、姉のリナちゃんが、最近付き合い始めた行動パフォーマンスアーティストの彼氏と一緒に貸倉庫に引っ越っしていった。 「恵麻、倉庫で彼とパフォーマンスするから観にきてね」 後にはリナちゃんの大好きなピンクとフリルの服やキラキラした家具がまるごと残っていた。これは全部廃品業者が引き取っていった。もう要らないとのこと。 次の日曜日に倉庫に行ってみた。 「初めまして妹の恵麻です」 「ジミーです」リナちゃんのパートナーのジミーさんは白いシャツとズボンを着て長い髪を麻紐か何かで結んでいた。栄養失調の草っぽい感じの人だ。リナちゃんもお揃いの白装束姿だった。ロリータファッションをやめたのはジミーさんの影響らしい。倉庫には机とベッドがひとつ、キッチンも白一色で鍋も食器もほとんどなかった。 「リナちゃん、どんなパフォーマンスなの?」 「今パフォーマンス中なんだけど。行動パフォーマンスとしてのミニマリスム」 「そうか! わかった。パフォーマンスしないのがパフォーマンスなんだね」 リナちゃんとジミーさんは顔を見合わせると、パフォーマンス修正会議に入ってしまった。 数日後、ジミーさんから電話があった。 「リナが身体の中もミニマルにするって聞かないんだ。ぼくには止められない。とにかくすぐ来て!」 身体の中もミニマルって、どういうこと? 倉庫に着いた時はすでに遅かった。ジミーさんがさめざめ泣いていた。 「リナ、身体の中までミニマルにするなんて、そんな表現はまちがってる!」 「これは日常における解放を象徴するエレメントなの。ジミーも一度やったら素晴らしさがわかるから」 「ぼくにはできない」ジミーさんが号泣し始めた。 「ジミー、あなたが泣くとわたしまで悲しくなる。わたしを信じて。二人で一緒にパフォーマンスすれば大丈夫よ」 「君がそう言うならわかった、リナ、もう一度がんばってみる」二人だけの世界になって見つめあってる。授業まで抜け出してきたのに、バカみたい! 数週間後、ジミーさんからまた電話がかかてきた。 「リナが影を捨てるそうだよ」 「影? 影なんて捨てられるわけないじゃないですか。わたし受験生ですよ。冗談に付き合っている暇ないです」 「だったらリナに聞いてみたらいい。彼女はやりすぎだよ。ぼくは降りるよ。今日倉庫を離れるつもりだ」プッ、ツーツーツー、電話が切れた。 「ジミーさん?」 巻き込まれたくはないけれど、リナちゃんがのめり込むと止まらなくなる性格なのは知っている。やっぱり気になる。またしても授業を抜け出して倉庫に着いた頃には、もう、リナちゃんの影はなくなっていた。 「リナちゃん、影を戻してよ。街中歩いていると変だと思われるよ。幽霊みたいだから塩まかれるかもしれないでしょ」 「影を捨てるのは次のパフォーマンスへ移行するための重要なエレメントなのよ」意味不明だ。 その日の夜、リナちゃんの暴走をアメリカに赴任中の両親に電話で相談することにした。 しかし…… 「ミニマリズムって片付けのことだね、片付けなんていいことじゃないか。リナもだいぶ落ち着いてきたね」そういえばお父さんは片付け魔だった。 「だって身体の中身を捨てて、影もなくなったのよ」 「恵麻ちゃん、そんなことあるわけないでしょ。昨日リナちゃんとも電話で話したけど元気そうだったわよ。おかしなこといわないで」おかしいのはリナちゃんなのに。「恵麻ちゃんは受験生なんだから、勉強に集中してね」 「恵麻、ファイティング!」 わたしはお父さんとお母さんに失望し、そして、悟りの境地に達した。 なすに任せよ。 十二月になってリナちゃんが久しぶりに家に遊びにきた。 「ねえリナちゃん、姿が薄くなってない?」 「わかる? 身体の外側も消すことにしたの。だいぶ消えてきてるからもうすぐこのエレメントは完成。次のエレメントのパフォーマンスが待ってるの」 「透明人間になって物音だけしたらホラーだよ。うちに来たらわかるように合図してね」 「そうねえ、三回ノックすることにしようか。コンコンコン」 ちなみにこの後のパフォーマンスは、声を捨てるエレメントだとのこと。 受験の日の朝、リナちゃんが家に来てくれた。コンコンコン。 「応援に来てくれたんだね。ありがとう」 「じゃがんばってくるね。行ってきまーす」ゴンゴンゴン ゴンゴンゴン。盛大なノックで見送ってくれた。 四月、わたしは晴れて大学生になり授業が始まった。リナちゃんのノックの音はうちに来るたび小さくなっている。もうじき聴こえなくなるのかな。次はどんなエレメントをパフォーマンスするのか今となっては訊けないけど、リナちゃんは飽きっぽいから、いつか終わる日が来るはず。残念ながらパフォーマンスしても誰も気づかないけど、まあ、気の済むまでやってみればいいんじゃない? (完)
- サンドへの返信サンド
読んでいただけるだけでなくコメントまでいただけてありがたいです。実際職場にカツ丼で活力をつける方がおりまして、その方と、「カツ丼といえば取り調べ」で話が盛り上がったのがアイデアの素でした。この方がカツ丼を食べていなかったら思いつかなかった話です。
- サンド
#第35回どうぞ落選供養 供養してくださいましたら浮かばれます。 タイトル:かつ丼 「田中さん、今、松本が自白しました」 「もうだめかと思ったよ。また北村さんのかつ丼に救われたな。昨日、夕飯に出してもらえるよう頼んでおいたんだ」 「松本、涙流しながら食べてましたね。こんな温かい飯を食えていたら自分は今頃まともな人間になっていました。洗いざらい全部話します。罪を償わせてくださいって」 X町警察所の留置所では、四十八時間の拘留期限が切れる直前にかつ丼が出る。取り調べ中に出すわけにはいかないが、留置所が普通に提供する食事としては問題がない。 かつ丼の作り手は留置担当官の北村義久だった。 北村が初めて留置所でかつ丼を出したのは、記録的な大雪で停電した日だった。給食を乗せたトラックが道路封鎖で来られない日が続き、被疑者たちの栄養状態が悪化していった。インフルエンザにかかる者も出始め、見かねた北村は宿直室のガスコンロで被疑者たち全員にかつ丼を作った。暖房も入らず寒さにふるえていた被疑者たちは北村のかつ丼で身も心も暖められた。翌朝、自白者が続出し、X町の多くの事件が解決した。以来北村のかつ丼は、口を割らない容疑者の口を軽くするための秘策となった。刑事たちはこの目論見を北村には告げず、時々留置所の食事として北村にかつ丼を頼んだ。 北村の願いは、ただ被疑者たちを温かい食事で元気づけることだった。真心こめたかつ丼は、被疑者たちの頑なな心を柔らかくし、狡猾な精神を素直にし、サイコパスに常人の感情を取り戻させる力を秘めていた。 秘策が功を奏してX町の事件検挙率は飛躍的に上がったが、そう喜んでばかりもいられなかった。再犯率も上がったからだった。 カニカニ詐欺で起訴された斎藤は、刑期を終えた後、北村のかつ丼食べたさに、わざとⅩ町でオレオレ詐欺をはたらいて留置所に戻ってきた。「あのかつ丼、もう一度食べたかったんですよね」 突撃ユーチューバー松宮は、『やばい場所に潜入食レポ!』をする目的で、X町のファミリーレストランでわざと食い逃げ犯になった。「ええっ、取り調べってかつ丼出さないんですか?楽しみにしていたのに」 予想外の事態に田中は頭を抱えた。 再犯事件のことは北村の耳にも入り田中のもとにやってきた。 「田中さん、かつ丼目当ての再犯者が出たというのは本当ですか」 「実は、増えてます」 「被疑者を元気づけたいなんて、いい気になって、わたしはみなさんに迷惑をかけていたんですね……」 「どうか、自分を責めないでください。かつ丼を被疑者のために作って欲しいと頼んだのはわたしたちですから。しかし今の状況だと残念ですが、しばらく留置所でかつ丼は出さないほうがよさそうです」 「そうですよね」北村は肩を落としてうなずいた。田中は北村を力づけたかったが、何と言ってよいかわからなかった。 「北村さん、いつかわたしも食べてみたいな」 「田中さんには前から食べてもらいたいと思ってました」 「うれしいですね。きっと作ってくださいよ」 「ええ、きっと」 しかし、事態はそう簡単に収まらなかった。留置所食にかつ丼が出なくなったせいで、北村誘拐事件が起きてしまったのだ。幸い犯人はすぐ捕まり北村は無事だったが、犯行現場には北村を監禁できる二重扉の厨房が作られていた。 ここまで人を執着させるなんて、魔性のかつ丼だ。 犯人逮捕の翌日、北村は誰にも別れを告げずに退職届を残してX町から去っていった。 『ごめいわくおかけして申し訳ありませんでした』 迷惑をかけたのは北村ではなかった。取り調べのために、やさしい北村を利用して危険な目に合わせた自分だった。田中は北村に詫びたかったが、行方がわからないまま月日は流れ、定年を迎えた。 仕事人間だった田中は日々をもてあまし、閉じこもりがちで口数が少なくなっていった。 五月のある週末に警察学校の同窓会があった。家族に押されてしぶしぶ出席することにした。会場は銀座だった。「田中さん、久しぶりですね。昔と変わってないっていわれるでしょう」「いや、最近お腹の肉が重すぎて、百メートルも走れませんよ」一同はよくある中高年の会話をして近況を語り合い再会を約束して夕方前に解散となった。 ――たまに東京にくると人だらけで疲れるな。帰りの電車はまだだし、夕飯でも食べたら少しは時間がつぶせるかもしれない――高架下の小さな居酒屋や食堂がちらほら店を開けていた。すぐに目についた店に入ってみた。カウンター席が五つしかない。メニューはサバの味噌煮定食、唐揚げ定食、ビール、冷ややっこ。とりあえず夕食が食べられて電車の時刻までやりすごせる場所がほしいだけだった。 「いらっしゃいませ」「唐揚げ定食お願いします」「はい、唐揚げ定食ですね」女将がカーテンの奥に引っ込んだ。客は田中のほかに誰もいない。 出された茶をすすりながら店のテレビでニュースを見ていると、しばらくして目の前にすっとお盆が出てきた。 「あれ、唐揚げ定食は?」 顔を上げると、あっと声がでた。 北村が立っている。頭が白くなって皺もふえたが、笑顔が昔のままだ。 「温かいうちにどうぞ」 田中はいわれるままにひと口食べた。胃の腑にぬくもりが満ちてくる。ひと口、またひと口、目の奥が熱くなってくる。 「おいしいですか」 「ええとても」 「ならばよかった」(了)