最終回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「骨をみつける娘」山川陽実子
「ままー。みてー」
三歳になる美羽が加奈子に呼びかけた。
「どうしたのかなー」
加奈子は娘の方へと歩いていく。美羽は庭のシマトリネコの木の下でうずくまっている。何かを覗き込んでいるようだ。
美羽の目線の先を追い、加奈子は息をのんだ。
「きゃっ」
思わず小さく悲鳴を上げた。
そこには、小さな骨が地面から半分顔を覗かせていた。
頭蓋骨だ。大きさからして、多分ネズミか何かの小動物だろう。
「まま、これ」
美羽は宝物を見つけたように目を輝かせている。そして、その骨に手を伸ばそうとした。
「やめなさい!」
加奈子は慌てて小さな手を掴んで、骨から遠ざけた。
「まま。みて……?」
美羽が悲しそうな目でこちらを見てくるが構っていられない。軒下から小さなスコップを持ってきて、近くの土を掘り起こし、その骨に被せた。できるだけ見ないように目を細めながら。
土を被せ終わると、そこはこんもりと墓のようになった。
多分、カラスか何かの鳥が食べて埋めたものだろう。こんな所に埋めなくてもいいのに。
美羽はその土の盛り上がった場所を残念そうな顔で見ていた。加奈子は美羽の手を引っ張った。
「今度からあんなの見つけても近づいちゃダメだよ。さ、おやつ食べようね」
「おやつ?」
美羽がこてんと首を傾げる。加奈子は「そう、今日はプリンだよ」と伝えて、家の中へ入っていった。
「ままー。みてー」
どうしたと言うのだろう。その日以来、美羽は庭の至る所からちょくちょくと骨を見つけてくる。それは頭蓋骨だったり、手足だったり。
「嫌ね。そんなにカラスがうちの庭に入り込んでるのかしら」
加奈子は暗い気持ちになった。
「ままー。みてー」
「やめなさいと何回言ったらわかるの!」
加奈子は叫んだ。
今日美羽がみつけたのは、生きていた時の形がわかるような骨の形を留めていた。何やら尻尾が長い生き物のようだ。
加奈子はいきり立った。
「こんなの! 汚いの、よ……?」
加奈子はぎょっとしてその骨を思わず凝視する。いつもと違う。
目の前の骨には、肉片や筋がところどころに残っていた。
——そうだわ。カラスがつついた骨が、普通そんなにすぐに白骨化するかしら。
となると、今までの骨は随分昔に埋められたものだということだろうか。仕方ない、諦めるしか。そもそも、土を掘り起こさなければいいだけの話だ。
——でも、今。目の前にある骨は?
気持ち悪い、と思いつつもその骨から目が離せなかったからだろう。加奈子の動きは一瞬遅れた。
美羽は華奢な小さな手でその骨を掴んだ。
「やめなさい!」
制止を聞かずに美羽は手を口元に持っていく。
「何を……!」
美羽はその骨に噛り付いた。
加奈子は美羽を止める気も回らずに、その場から後ずさった。
美羽は骨を啜りながらにっこりと微笑んだ。
「まま。これ『しんしゅ』なの」
「新種……?」
加奈子は唇を震わせながら尋ねた。
美羽はこっくりと頷く。
「おいしかったから、ままにとっておいてあげたの」
美羽は満面の笑みを浮かべた。
「いつもはきれいに食べちゃうの。でも、今日はうめないでおいたよ。——地球のいきものおいしいね?」
(了)