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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「想いは重い」村木貴昭

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第65回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「想いは重い」村木貴昭

 どっこいしょと、声に出して椅子に腰掛ける。夜も更け、さびれた飲み屋街の隅で、私はうずくまるようにノルマ達成に向けて仕事をはじめる。

 小さな机に肘をつき、獲物を待つように目を光らせる。やがて男が通りかかった。年のころは二十代前半か。金髪に派手なシャツ。絵にかいたようなチンピラだ。肩を怒らせ歩く金髪を、じっと見つめていたときのことだ。か弱い声が私の耳に届いた。「……い」

「おにいさん。ちょっと、ちょっと」すぐに呼び止める。だが、金髪は私を無視して通りすぎる。そこで私は大きく息を吸うと金髪の背中に声を投げた。

「ちょっと、そこの金髪のおにいさん」

「なんだ、くそじじい」金髪は、目玉をひん剥いて振り返った。

「あなた、肩がこってないですか?」

「そんなことおまえに関係ねえだろ!」

 金髪はずかずか私に近づくと、ひょろひょろとした私の首を締めあげ、酒臭い息を吐きかけた。

「く、苦しい。おにいさん、乱暴はいけません。私は、おにいさんのことを心配して言ってるんです。げほ」私は大げさに咳きこんだ。

「いちいちうるせえんだよ」金髪は私の首を開放すると、背を向けた。

「待ってください。あなたの肩に霊がついててます。その霊が私には見えるんです」

 霊には二種類ある。人に見えるタイプ、見えないタイプ。その霊は後者だった。

「はあ? なんやそれ。そんなんを俺が信じると思ってんのかよ」

 金髪は振り向きざまに私の首に手を伸ばした。今度は身を引いてその手をかわす。

「女性です。髪が長い女性で鼻の下にホクロがあります」

「お、おい、じじい。いまなんていった。鼻の下にホクロだって。そいつは俺のお袋だ。おまえに見えるのか」

 金髪が、私の言葉に狼狽えるように応じた。私は金髪に静かに頷くと、金髪の肩から覗く女性に話しかける。「おかあさんですか?」

「はい、そうです。どうしても息子に伝えたいことがあって。ずっと耳元で囁いてるのに、ちっとも息子には聞こえないみたい」

 母親が切なそうな表情を見せる。

「なるほど。わかりました」私は頷くと、金髪に視線を戻した。「おかあさんがあなたに伝えたいことがあるそうです」

「金か? 金を残してくれてたんだろ。俺がこんなになったんは、お袋のせいだからな。親父が誰かもわかんねえで、散々嫌な思いさせやがって。マジでふざけた女だったよ。久々に帰ったら家にいなくて。隣の家のやつに訊いたら、部屋で死んでたって言うんだからよ。ぜったいどっかに金を隠してるはずだ」

 金髪は興奮気味にまくし立てた。

「おかあさん。お金のことを伝えたかったんですか?」私は金髪が言ったことをそのまま訊いてみた。金髪が耳をそばだてる。もちろん聞こえるわけはないのだが。

「ごめんね。おかあさんが伝えたかったことはお金じゃないの」

「金ではないそうだ」同時通訳さながら金髪に伝える。それこそが私の仕事だ。

「けっ。じゃあ、用はねえよ。肩がこるからとっとと消えろって言ってくれ」金髪は舌打ちしながら鼻を鳴らした。

「どうしましょうか?」もう一度、母親に訊ねる。

「息子に伝えてください。死んでから言うのも変ですけど、野球の試合を観に行って、試合に出してもらえないあなたのことを監督さんに食ってかかったこと、ごめんなさいって。あのとき恥ずかしかったのよね。思春期だったし。それでグレたんでしょ」

 あ? 金髪が息を呑むのがわかった。やがて肩を震わしはじめた。その肩にあごを乗せる母親はすっきりとした表情を見せている。

「そんなんじゃねえよ。俺がグレたのは。お袋が俺のことをめちゃくちゃ大切に想ってくれてるのはわかってた。だけど、それが逆にうっとうしかった。重荷だった。それで家を出て行ったんだ。久し振りに帰ったら死んじまっててさ。せいせいしたよ。それがまた肩に乗ってるなんて、結局、重荷のままじゃん」

 どうやら怒りで肩を震わせていたようだ。

 私は母親に優しく言った。「息子さんにとっておかあさんはやっぱり重荷のようです。どうかお引き取りください」霊バイバイ師である私のひと言で、母親の顔がすぅと薄くなっていく。寂しそうだが仕方あるまい。

 霊バイバイ師。それが私の仕事。かつて罪を重ねた私は閻魔大王から霊バイバイ師として遣わされた。私が成仏するためには、この世に未練を残す霊たちを成仏させること。ノルマは私が犯した罪の数。まだまだ先は長い。ふたたび通りに目を向ける。成仏できない霊を発見。「ちょっと、そこのおねえさん」

(了)