阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「閻魔様の前で」嘉島ふみ市
「次の亡者、閻魔大王様の御前に進め」
閻魔大王の傍らに控えている書記官の勇ましい声が、冥界の裁判所内に響く。すると、子供ほどの身長でありながら、巨大な目をした亡者の霊が、おどおどと進み出て、口を開いた。
「ミスターエンマ。ちょっと、よろしいでしょうか」
「ん、お主、何やら珍妙な出で立ちをしておるの。下界ではそのような人間が増えておるのか?」
「いや、あのですね、私、地球の生命体ではないのであります」
「どういうことじゃ。訳を申してみよ」
「あのですね、私、地球でいうところの地球外生命体でありまして。いわゆる宇宙人というものになります」
「ほう、話には聞いたことがあったが、実物を見るのはワシも初めてじゃ。そもそも宇宙人も死んだ後、幽霊になるものなのか?」
「私もですね、あ、宇宙人も幽霊になるんだと、今現在ビックリしているところであります」
「それにしても、お主、地球の言葉が上手いのう」
「私たちの種は、進化の過程において脳が非常に発達しましたので、他の星の言語や風習を理解する程度は容易いのです。しかし、地球外生命体が地球で命を落とした場合の処遇については、どのデータベースにも記載が無かったので、現在非常に困惑しているわけなのです」
「なるほどな。ともあれ、お主、どういういきさつで地球で命を落とすことになったのじゃ」
「それがですね、情けない話なのですが、長旅を経てやっと念願の地球に来ることができ、嬉しさのあまり仲間と宇宙船の中ではしゃいでいたら、その拍子に転んで頭を打って、命を落としてしまったというわけです」
「それは、気の毒なことだな」
「はい。で、上空とはいえ地球ですから、死んだ後、私の霊魂の扱いはどのようになるかと思っていたら、あれよあれよと人間の霊の列に並ばされて、今に至るというわけです」
「むう。お主の生まれた星に帰る訳にはいかんのか?」
「できれば故郷の星に帰りたかったんですけど、やはり遠かったようですし、地球で命を落としてしまっている以上、しょうがないのかなと」
「そうか。まあ、しかし宇宙人であろうと死んでこの場に来た以上、ワシとしては、お主が天国に行くか地獄に行くかを決めねばならぬのだが」
「郷に入っては郷に従えという感じですかね。しょうがないです」
「それなのだがな。お主の星の善悪の概念と、地球の善悪の概念は違うのではないかと思うのじゃが、地球の方の基準を採用してもいいものなのかのう?」
「それでいいと思います。しかし、私たちの星には、いわゆる人間でいうところの欲、つまり性欲、食欲、睡眠欲が無いのです。子孫は全て体外受精によって生まれ、栄養は完璧に調整された錠剤が支給され、睡眠は進化の過程でほぼ消滅しました。なので、我が星は非常に平和であり、争うことがほぼ無いのです」
「他人と争ったことがないと。では、お主は天国行きということになるのかのう」
「そこで、ご相談なのです。天国に行っても、平和で故郷の星と変わらないというのであれば、わざわざ地球にきた意味がありません。もっとアグレッシブで激しい地球を体感したいのです。ですので、是非地獄へ行きたいのですが」
「お主がそう望むのであれば、やぶさかではないが、そもそも他所の星の霊魂を勝手に裁き、ましてや地獄に落としてしまって、後々苦情など来ないであろうな」
「惑星間の死語の世界のすり合わせはこれからでしょうから、まだ問題は表面化しないのではないでしょうか」
「そうか。では、お主の望み通り地獄行きは決定ということじゃが、せめてもの配慮で、生まれ変わりを宇宙飛行士にしてくれるよう申請は出しておくので、転生したら、なるたけお主の故郷の星の近くまで行くようにな」
「ありがとうございます」
宇宙人が地獄に向かって歩き出したのを見送り、書記官が声を張る。
「次の亡者、閻魔大王様の御前に進め」
「ん? お主も、何やら珍妙な出で立ちをしておるの」
「ワタシハ、タマシイヲテニイレテシマッタ、ロボットヘイキデス」
(了)