阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「幽霊など信じない」ササキカズト
僕は幽霊など信じない。心霊現象などというものは、あるはずがない。
テレビやネットで語られるような心霊体験は、すべて見間違いや思い込み、幻聴・幻覚・自己暗示といったものだ。心霊現象が映ったという映像に至っては、くだらなすぎて否定する価値もない。
この世界の出来事は、すべて科学で説明出来る。たとえ科学で説明出来ないものがあったとしても、今は出来ないだけのことであって、将来必ず説明出来るようになるはずだ。
また、自称《霊能者》や、「私は霊感が強い」などと言う輩もいる。「霊が見える」とか「何か感じる」などと言って、さも幽霊を感じる能力があるかのように振る舞う。こんなのは皆ウソつきか、自己暗示の類であるに決まっている。
霊が見えればいいのであれば、僕なんか年中見えている。小さい頃から、ほかの人には見えない人が見えるし、死者の言葉を聞いたりもする。自分に何かが憑依する体験だって、数えきれないほどしている。でもこんなものは、科学的にあり得ない。医師である父が言うように、こういう体験はすべて、脳が見せている幻なのだ。
ただ今のところ、この幻覚・幻聴は治療出来ていない。高校生のころまで、いろんな治療法や薬を試したが、治らないのでやめてしまった。でも、いつかきっと、自分に合う治療法が見つかると信じている。
大学生になり、一ヶ月前からアパートで一人暮らしを初めたのだが、すぐにまた幻覚が始まった。
夜、ベッドで眠りにつくと、決まって金縛りになる。金縛りはれっきとした生理現象だ。新しい生活環境が、精神状態にストレスを与えていて、体に影響してしまっているのだろう。困るのは、女の人の幻覚だ。最初は金縛り状態の時に、部屋の隅に気配を感じるだけだった。それがだんだんと近づいてくるようになり、十日目くらいには、ベッドの横に立ってじっとこちらを見てくるようになった。顔はよく見えないが、白い服を着た髪の長い女だ。
そして最近、寝ている僕の上に、女がまたがってくるようになった。苦しさも感じるが、いつの間にか朝を迎えるので、気にしないようにしようと思っていた。
ところが一昨日の夜、女が僕の首を絞めてきた。幻覚と思えぬほど苦しく、本当に死ぬかと思った。起きると首に絞められたような赤いあざが残っていた。だがこれは、蕁麻疹のような生理現象か、無意識に自分がひっかいたものだろう。
昨日は強めの睡眠薬を飲んで寝たが、効果はなかった。前の日よりも苦しく、今度こそ死ぬかと思った。今朝起きて鏡を見ると、首のあざもひどくなっていた。大学は休みたくないので、襟のあるシャツを着て首のあざを隠しながら授業を受けた。
授業を終えて、アパートまでの帰り道。誰かに後をつけられているような感じがした。二階建てのアパートの階段を昇りつつ後ろを見ると、下に一人の女子高生が立っていた。ショートカットのいまどきの女子高生だ。
彼女は言った。
「あんた、死ぬよ」
思いもよらぬ言葉であったが、今僕に起きていることを彼女が知っているのだと、僕は直感した。彼女が強い霊能力を持っている人だと瞬時にわかった。……いや、そんなことはあり得ないから、僕の思い込みに違いない。
彼女はほとんど強引に僕の部屋に入ってきて、今、目の前に立っている。
「引っ越してもいいけど、あんたみたいな人は連れて行っちゃうかもしれないでしょ。祓っちゃったほうがいいよ」
「さっきから君、ずっとわけのわからないことを言ってるけど……」
「女の人に首絞められてるでしょ! あんたみたいに力の強い人が何やってるの? 今までどうやって対処してきたの?」
「い……色んな治療法とか薬とか、その……」
「……そっか。こんなに力のありそうな人、久しぶりに会ったから、どうしてこんなに取り憑かれてるのか不思議だったんだけど、使いこなせてないんだね」
彼女は優しい表情になった。
「あたしのね、死んだお婆ちゃんがすごい人だったんだ。それであたし、いろいろ教わったの。いろんな霊の対処法とか、お祓いのやり方とか。あんたにも教えてあげる」
そう言った彼女の横に、亡くなったお婆さんが微笑みながら寄り添っているのが見えた。
「お婆さんの優しさを受け継いでいるんだね」
僕がそう言うと、彼女は「何言ってるの!」と怒りながら赤面した。
幽霊など信じない。そう思って生きてきた。でもこの日、初めて幽霊の存在を信じた。彼女の、優しいお婆さんの幽霊を……。
(了)