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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「僕の守護霊」山田真澄

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第65回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「僕の守護霊」山田真澄

 最近ツイてない。

 思えば大学を卒業後、業界では名の知れた、いわゆる大企業に就職して、これからの人生に希望しか持っていなかったあの頃が人生の頂点だったのかもしれない。学生時代は設計製図が好きで、一流の建築家を目指して勉強していた。だけど現在働いている会社の採用通知が届き、建築家としてより給料の良い大企業の社員になることを選んだのだ。あれから5年経った今、同期の奴らは新規の契約をバンバン取って人生の階段をドンドン登っていくのに、僕は結果を出せず最初の階段から未だ抜け出せずにいた。

 先週人数合わせで強引に参加させられた飲み会でも、何ひとつ良い事がなかった。きっと大会社の名前に釣られてきた女の子達。同期の奴らのお得意の営業トークで、馬鹿のように笑い、舞上がっている。僕はその雰囲気についていけず、皆になんとなく同調しつつも、テーブルの端で静かに大根サラダを食べていた。

 ああ、帰りたい。早く終わればいいのに。

 でも僕だって今のままではダメだって事くらいは分っている。自分の殻を破らねばという脅迫観念と彼女が欲しい焦りが入り混じり、目の前に座った女の子に話しかけようとした瞬間、彼女は僕の視線を感じてか、サッと気まずく席を立って、トイレにでも行ってしまった。僕は玉砕した。

 本当にツイていない。何も良い事がない。

 飲み会が終わって、みんなはカラオケに行くと言ったけど、僕は理由をつけて先に帰った。でも真っすぐ帰宅する気にもなれず、午後十時のナンバの街をブラブラしていた。

「もし、そこのお方」

 突然、呼び止められ振り返ると、狭い路地の隙間に、ちょこんとおばあさんが座っていた。茶色の羽織を纏ったそのおばあさんは、ギョロっとした目で僕を見つめて言った。

「あなたには、強い守護霊がついているな。宝くじを買いなさい。きっと当たる」

 はぁ、守護霊?強いって、戦国武将の霊とか?

 僕が呆気にとられていると、それだけを告げておばあさんは逃げるように行ってしまった。

 強烈な印象を残したおばあさんの〈お告げ〉で、駅前の売り場で生まれて初めての宝くじを買ってみた。バラで十枚、三千円。これくらいの金額で夢を見られるなら、安いものだ。守護霊さん、お願いしますよ、と自分に語りかけ、僕は宝くじ十枚をそっと鞄に入れた。

 今日は宝くじ当選発表日だ。

 ソワソワしながらネットのサイトで発表されている番号と自分のものとを合わせてみる。数字を追っていた僕の目が、ある宝くじで止まった。

 下三桁が六七三番で一致している。何度も見直したが、六七三番は、しれっと自分の存在を訴えていた。心臓の鼓動が早くなり、「ウォー!」と叫んでいた。

 四等で一万円。金額としては大きくはないけど、当たる期待すらしていなかった僕は、日本中の花が一斉に咲くような嬉しさを感じた。

 あのおばあさんは、きっと高名な占い師に違いない。久しぶりに僕の心は踊った。

 それから一週間が過ぎた。何かが起こる筈もなく、無為な時間だけが過ぎていった。僕は再び夜のナンバの街に出た。あのおばあさんのアドバイスが欲しかった。まだ僕の守護霊は強いままでいてくれているだろうか。

 前におばあさんに声を掛けられたその場所に行ってみたが、誰もいなかった。その後も観光客でごった返している商店街や裏ナンバと呼ばれる飲み屋街、小さな路地の隙間も目を凝らしながら、僕はおばあさんを探し回った。気が付いたら、グリコの看板で有名な道頓堀まで来ていた。途方にくれて歩いていると、僕の心臓がドキリと跳ね上がった。老舗のうどん屋のすぐ脇で、茶色の羽織のあのおばあさんが座っている。

 いた!

 僕はおばあさんに駆け寄り、声を掛けようとしたと同時に怒鳴り声がした。

「おばあちゃん!また抜け出して!」

 四十代くらいの夫婦らしき二人が、必至の形相でおばあさんと僕に近づいて来た。女性の方が

「もう!探したんよ!」

 ポカンとするおばあさんに説教を始めた。

 僕は一瞬何が起こったのか理解できなかった。占いが当たらず文句を言いに来たのかと思ったが、どうも違うようだ。男性の方が僕に、

「ごめんやで。何かばあさんに言われへんかったか?痴呆でな、施設抜け出して、自分が占い師やと思ってるんや。色んなこと言うて、困っとるんよ」

 ええっ、そんなー。

 夫婦の話を聞いてみると、おばあさんは高名な占い師ではなくて、施設を抜け出すとんだ不良ばあさんだったのだ。

 驚愕の事実を突きつけられたが、腹の底から笑いが込み上げてきた。

 おばあさんは、無邪気に僕に笑いかけてくる。もしかしたら、おばあさんは占い師になりたかったのかもしれないな。

 夫婦は、おばあさんを引きずる様に連れて行ってしまった

 僕は、道頓堀川の上空に広がるピンクの夕焼けをを眺めながら思った。

 もう一度、建築の勉強をしようかな。

 今度は出来そうな気がする。僕には強い守護霊がついているから。

(了)