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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「高架橋下の秘密基地」池田真実

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第63回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「高架橋下の秘密基地」池田真実

「武昭、あんたのがお兄ちゃんなんだから、翔君と遊んでやんなさい」

そう言ってくる母親の向こうで、生っ白い顔がぼんやりとこちらを見遣る。母さん、よく見てみろよ。向こうだって、明らかに乗り気じゃない。この都会っ子にとって、そのお節介は迷惑なんだろうよ。

でも、大人たちには分からないらしい。それが良い、と皆から後押しされてしまえば、小五のガキは何も言えない。小三のオキャクサマも。

ああ、面倒くさい。一応連れ出して、それから放っておけば良いか。

「……秘密基地?」

「ああ、特別に連れてってやるよ」

断ってくれた方が楽だな、と思いながら誘うが、存外素直に付いてきた。

高架橋下の空きスペース。壁も床も天井もコンクリートの小さな空間。拾い集めてきた漫画や雑誌が散乱した自分だけの秘密基地。

さっさと定位置に座って、漫画を読み始めた。翔は入ってすぐのところに、ぼんやりと突っ立っている。しばらくすれば、怒るなり呆れるなりして帰っていくだろう。

頭上の線路を電車が通過していった。壁や床が震える。耳障りな音。うるさい。

チラリと翔を見遣ると、天井を見上げている。無視を決め込むつもりだったが、堪らず声をかけた。

「音、気になんのか」

「いや、別に」

気になると言われなかったことに安堵しつつ、その無感情な短い返答にも何故か苛立つ。思わず舌打ちしてしまった。相手の反応を見ないようにして、そのまま漫画に目を戻す。

不意に外が騒がしくなった。聞き覚えのある嫌な声に顔を顰め、やり過ごそうとする。しかし、翔が外から見える位置に立っていることに思い至った時には、ヤツらに気付かれていた。

「へえ、武昭。こんなことに隠れてたのかよ。耳、馬鹿になるぞ」

もうなってるか、オレらの声聴こえてないことあるし。そう言って、ケラケラ笑う。

「こいつ、半年前の漫画なんか読んでる。遅れてんな」

何が楽しいのか、一頻り馬鹿みたいに騒いで、こんなヤツ放っとこうぜの号令で退散していった。

残ったのは踏み荒らされた秘密基地と白けた空気。惨めだ。翔の視線が居た堪れない。

「ハブられているんじゃない。こっちから、お断り、してんの」

紛れもない本心の筈なのに、言い訳っぽく聞こえる。言った本人でさえ思った。しかし、翔は、わかるよ、と頷く。

「あの人たちの友達は、友達じゃなくて子分って感じがする」

尊敬もできない人の子分になんてなりたくないよね、と。感情の乗らない言葉を聞いて、かえって気が楽になった。

「そうなんだよ。なのに、先生はアイツらとも仲良くしろってさ」

「子供は損得の勘定もなく皆仲良し、とか思ってるのかな。大人が思い描く子供は、まるで空想上の存在みたい」

小三のくせに変な言い回しをするヤツだ。

また、頭上の線路を電車が通過していった。

「やっぱ、うるさいな。俺は慣れたけど。気になるか?」

もう、取り繕っても仕方ない。

「いや、別に」

同じ返答。でも、続きがあった。

「僕も慣れてる。家が線路沿いにあるから。本数もずっと多い」

なるほど。納得していると、向こうから話を振ってきた。

「僕たちのほうが生き残る可能性が高い」

唐突にそんなこと言い出すもんだから面食らう。翔は構わず、適者生存って言うんだ、と続けた。

「生きていける環境が多いほど、生き残る可能性は高まるんだよ。あの人たちより、僕たちのほうが」

「俺らのほうが……何だ?」

「……凄い」

それなら分かりやすい。そっか、と笑いかけても、翔はノーリアクション。年下のくせに難しい言葉を使うし、反応は薄いし、スカした都会っ子には変わりない。でも、思ってたより、ずっと良いヤツなのは分かった。

(了)