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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「野良猫になったラム」かわさきま

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第61回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「野良猫になったラム」かわさきま

僕は野良猫だ。種類はペルシャ猫らしい。昔は野良猫というと雑種ばかりだったようだが、最近はそうでもない。飼い主が飼えなくなったブランド猫が野良になるパターンも多い。僕もその類だろう。

僕は二週間前まで飼い猫だった。しかし、飼い主の女性がいきなりいなくなってしまった。それからというもの、毎日、食べるものにも困り、ずいぶんと痩せた。食事が確保されている飼い猫がいきなり野良になるのは本当に辛いのだ。今では、野良猫仲間に人間様の家をいくつか紹介してもらって、なんとか生きている。

いったい飼い主はどこに行ってしまったのだろう。あの女の子は。あの日、今までにないことが起こった。一人暮らしの飼い主の部屋に、何人もの男がズカズカと入ってきた。僕はびっくりして思わず家を飛び出した。近くの公園から様子を見ていたが、男は家を入ったり出たりしている。ようやく、男の車がいなくなったので、部屋に戻ろうとすると、いつも十センチくらい開いている窓もしっかり閉まっており、室内に入れなかった。何時間も玄関で飼い主を待ったが帰ってこなかったのだ。

僕の名前を言おう。今、僕には名前が4つある。昔の飼い主からはラムと呼ばれていた。今、エサをもらっている家は3件あるが、それぞれ、王子、ブッチャー、ペルちゃんと呼ばれている。名前をいろいろ持つので困ったことがある。

SNSというツールを知っているだろう。それは数年前から猫社会にも広がっている。自分の顔写真とプロフィールを掲載して、他の猫とコミュニケーションするというなんとも面倒くさいしろものだ。飼われていた時は、まったく興味がなかった。でも、野良となっては人脈、いや猫脈がとても大事だ。友だちが多いほど、エサをもらえる情報がたくさん得られる。仲間に勧められて、僕も、SNSを勉強し、さっそく顔写真とプロフィールと掲載してみた。

そこで、名前だ。僕には名前が4つあるが、どの名前にすれば良いのか。ブッチャーは昔の悪役プロレスラーの名前と一緒らしい。王子はそんな柄ではない。ペルちゃんにするか、ラムにするか。とても悩んだが、慣れ親しんだ昔の名前のラムで登録することにした。

「スーパーマーケットの裏で、寿司ネタになっていたマグロをゲットしました~」

「今日のステーキ屋は残飯がたくさん。お肉たっぷりです~」

野良猫仲間の中では一番行動範囲の広いブチの投稿だ。いいね!いいね!いいね!いいね!とたくさんのいいね!がついている。

「一緒に連れてって~」というメス猫のコメントもある。

こういう投稿をすればいいのか。今のところ、読むことばかりで申し訳ない。

先日、SNSにメッセージなるものが届いた。こう書いてあった。

「ラムさん。あなたのことをいつも見ています。メッセージを送ろうかどうかとても悩んだけど、勇気を出して送ることにしました。会いたいです。」

写真を見るととても可愛いメス猫だ。SNSというのはなんとすばらしい。さっそく「ぜひ、会いましょう。」と返事をした。

僕は、知り合いに頼んで、貴重なマグロの切り身を三切れもらった。彼のエサを一週間分ゲットする見返りとして。もちろんこれは彼女へのプレゼントだ。

待ち合わせ場所に行ってみた。待ち合わせ場所には、それらしきメス猫はおらず、怖そうな顔つきの猫さんが数匹いた。

「お前がラムか?」

なぜか僕の名前を知っている彼らは、僕に近づくと、ネコパンチを数発繰り出した。気が付いたときには、奴らもマグロも消えていた。とんでもない目にあった。

またメッセージが届いている。トラブルはもう嫌だ。

「もしかしてラムですか? ずっと探していました。私は隣町に引越しをしたのです。引越し屋が来たらラムはびっくりして外にでちゃいましたね。しばらく待っていたのだけど、もう待てないと言われて。ごめんなさい。本当にごめんなさい。もし、ラムなら、返事下さい。」

飼い主からだ! でも、本当にあの女の子だろうかと思い、質問してみた。

「確認のため、私の大好物を教えてください。」

すぐに返事が来た。

「ラムなのね!あんたの好物はラム肉に決まっているじゃない。だから名前がラムなのに。」

ずばりだ。本当の飼い主だ。これで飼い猫に戻れる。ラム肉が食える。嬉しい。嬉しい。名前をラムにして本当に良かった。

(了)