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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「きみの行く街」有賀湖梨

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第61回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「きみの行く街」有賀湖梨

君がこれから行くことになっている街の話をしよう。

今回この機内で初めて行くのは君だけのようだから、こうして一対一で話させてもらいます。よろしく。

その街は、君の住んでいる街と似ているかも知れないし、似ていないかも知れない。たぶんその両方ともだろう。例えばぼくの住んでいた街で言うと、その街の電車の踏切のそばで待つ景色はぼくの住んでいた街のものと瓜二つだった。どこかから漂う夕食の準備の匂いまでよみがえるようだったよ。

でも、ぼくの街にある小学校のプールとは違って、その街の小学校のプールは屋上にあるんだ。他にもいっぱい違っているところはあったんだろうけど、そのことばかり思い出すんだ。おかしいね。君の街はどうだろうか。

そんな感じでね、あの街に行った人は皆、どこか自分の昔住んでいた街のようなんだっていうんだよ。全然違うところもあるのにね。

湾多町、君の行く街はそう、湾多町というんだ。君の住む街に海はあるかい?そう、じゃあ、潮風をたんと吸ってくるといいよ。ん、でも砂漠はある?そうか、あの街には砂漠にはないからねえ。ぼくも見たことがないな。それは素敵だ。月の夜にでも、散歩してみたいね。なに?したことないって?まあ、住んでいる街だとそうかもしれないね。ぼくの街にも有名な滝があるけど、子どもの頃に遠足の時に行ったきりだな。

湾多町は、その名前の通り、小さな入り江がたくさんある地形なんだ。湾が多いから湾多町。そんなに厳しい海ではない。街の西側、ほら、地図で言うと左側だね。こっちは今でも漁師さんが暮らしていて、早い時間に海を見ればいくつかの船を見られるだろう。お昼過ぎになると家の外に網が干してある。晴れた日にこっちがわの海を眺めていると、まるで天国にいるみたいな光が差し込んでくる時があるよ。水面がきらきら光って。今自分がどこにいるのかわからなくなるくらいにね。君が行っている間に、そういうお天気になるといいな。

さて、それじゃあ地図の右側、西側の街のことを説明するとしよう。こっちは、どんどんと今開発されているほうの街。埋め立てしているところもある。海岸線がかくかくしているだろう?こっち側の港は大きな豪華客船も停泊するし、常駐で停まっている帆船もある。中でちょっとしたパーティーとか、結婚式なんかも出来るらしいね。近くに観覧車もあるし、東側とちがって、夜でも賑やかだ。地下鉄で、街の中央の駅とつながっている。天気が良ければ歩いて行ける距離だけどね。

風が強くて、気持ちいいんだ。

地図の中央の、真ん中の街は、地下鉄以外に隣町とも電車でつながっていて、この路線はこの街が終点だ。大体のお店が一通り揃っているから、足りない物があっても大丈夫だと思う。そういえば君も、荷物が少ないね。

この街には特別な工場があって、そこで働く人が降りるから朝はちょっとしたラッシュになる。何の工場かというと、石なんだ。

とても珍しい。ここでしか採れない、という石。珍しくて、それでいてとってももろいんだ。そのままでは移動に耐えられないくらい。だから、この街で加工までみんな行っている。

この石のことで、言い伝えられている話がある。

昔昔、どこかの星の人がこの石がどうしても必要になって、はるばるここまでやってきた。その時はこの石はもの凄く堅かったんだ。

全く歯が立たないくらいにね。だから、どこかの星の人は何をどうしたかわからないけど、どうにかして、この石をやわらかくできるようにした。どれだけ年月がかかったかわからないくらいに時が過ぎて、必要なだけ石が採れたから、どこかの星の人は自分たちの星に帰って行った。帰らないで街に残って住み続けた人もいた。そして石はやわらかくなったままで、今もこうしてこの街に残っている。そんな話だよ。

駅の終点から歩いて行けるなだらかな山が、石の発掘場になっている。そんなに高くない山だ。山の中を貫くトンネルがあって、トロッコで移動できる。トロッコは海岸の灯台のすぐ近くまでつづいている。この街の人たちの、自慢の灯台だ。記念切手にもなっているくらいだからね。

この街の灯台の上側がちょっと変わっている。てっぺんがレンズになっているから、真上にも明かりが届くようになっているんだ。

だから、夜になって灯台の明かりが付くと、海をゆっくり進む船も勿論照らすけど、光りの柱が上に向かって伸びるんだ。昔住んでいたどこかの星の人が、今でも気付いてくれるように、なんだよ。

じゃあ、そろそろ時間だね、うん。いつも通りぴったりだ。出発十分前。

ほとんど揺れないと思うけど、君は乗り物酔いをするほうかい?よかった。明かりが消えるまではベルトをしめたままで、お願いします。今日は月がちょうど満月だよ。今日は人が少ないから、ランプが消えたら窓際の席に移動しても大丈夫。

それでは、いってらっしゃい。君の湾多町の旅が記憶に残るものになりますように。

(了)