阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「歪む窓」田辺ふみ
日下部は悪趣味な男だった。
パーティを開けば、仲の悪い人を同席させて様子をうかがったり、本当の小心者に無理やり司会の役を押し付けたりする。
趣味は悪魔的な物の収集で、黒魔術の本、髑髏でできた杯、呪いの指輪なんていう物を集めていた。
だから、新居に引っ越したから、遊びに来てくれという招待状が来た時も断ろうかと思っていた。
それがこうやって、のこのことやってきてしまったのは、日下部の手口が上手いからだ。
「実は戸田商事の社長も招待しているんだ。森君、営業に異動したんだろう。紹介してあげるよ」
餌につられて、やってきたら、家の中は変な雰囲気だった。
戸田社長に紹介はしてもらえたが、腕には若い奥さんがべったりくっついていて、仕事の話なんて、できそうにない。おまけに社長の機嫌がものすごく悪い。
「すみません、何かあったんですか?」
小声で他の客にたずねると、苦い顔で答が返ってきた。
「戸田社長の前妻がいるんで、今の奥さんが拗ねているんだよ」
女性は二人しかいなかったので、前妻というのが誰かはすぐにわかった。
上品で美しい人だ。日下部が顔を近づけて、何か話しかけている。
わたしに誘いをかけてから、わざと戸田社長の機嫌を悪くするために招待した。
そうとしか、思えなかった。
みんなの視線が集まっているのに気づいたように、日下部が片手を上げた。
「みなさん、こちらに集まっていただけますか?」
集まったところで日下部は庭に面した窓の一つを指し示した。
庭に出るガラス扉の横の壁、そこにある小さな窓だ。ちょうど、目の高さにある。
「これはわたしの新しいコレクションです。不幸が見える窓だと言われています。殺人事件のあった家から譲り受けたガラスですから、本物ですよ」
そんな窓ガラスをわざわざ、自分の家につけるなんて、不幸にあえばいいんだ。
そう思いながら、わたしは覗き込んでみた。
古いガラスなのか、表面が波打っていて、庭の植木が歪んで見えた。
「森君だけでなく、皆さんも見てみませんか」
日下部に促されて、客が順番に覗き込み始めた。
そんな中、戸田社長の前妻だけはすっと、ガラス扉を開け、庭に出てしまった。今の奥さんに睨みつけられるのが嫌だったのかもしれない。
戸田社長の番が来ると、奥さんが先に覗き込んだ。そして、そのとたん、悲鳴を上げた。
「し、死んでる!」
社長も覗き込むと、すぐに横のガラス扉から外に飛び出した。
庭にいた前妻が驚いたように振り向くのに、戸田社長は抱きついた。
あわてて、わたしは不幸の窓を覗き込んだ。
庭の中で、戸田社長が前妻の首を絞めている。あの上品な顔が歪み、舌が飛び出している。
ガラス扉の方を見ると、戸田社長を押しのけるように前妻が中に入ってきた。
わたしがさっき見たのは何だったんだろう。
そして、戸田社長の奥さんが見たものは、戸田社長が見たものは何だったんだろう。
日下部がニヤニヤと笑っている。
日下部が見せたのだろうか。そんなことができるわけない。
怒ったように帰っていく人がいる。
何を見た?
戸田社長の今の奥さんは前妻を睨みつけるのをやめ、社長を睨みつけている。
このままでは、ここでも殺人事件が起きるかもしれない。
そんな馬鹿な考えが実感を持ってくる。
誰が?
誰を?
わたしはもう一度、窓を覗き込んだ。
光の反射のせいで、庭が見えない。
鏡のように映った自分の顔が歪んで見えた。
「日下部、この窓は外した方がいいんじゃないか」
振り返らずに話しかけると、自分の顔の隣に日下部の顔が映った。
「何で? 面白いじゃないか」
まばたきすると、窓の中に自分と向かい合う日下部の姿があった。
日下部は両手でお腹を押さえているが、血がだらだらと流れている。自分は血の付いた包丁を手に持っている。
「そうか、これが面白いのか」
わたしは笑いがこみ上げるのを感じた。