阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ハッピーメリークリスマス」かく芙蓉
「ハッピーメリークリスマス!」
クリスマスイブの夜。誰かが、俺の部屋の窓をノックした。不審に思い窓を開けると、サンタクロース姿の男が入ってきた。
ここは、オンボロアパートの三階。こいつ、どうやって登って来たんだ? サンタの真似事なら、窓じゃなくて煙突から来いよ。まあ、このアパートに煙突はないけれども。
俺は、サンタコスチュームに白髭の、謎の男を見上げた。
「空き巣ですか? 強盗ですか? 貧乏学生なんで、盗るもの何もないですよ」
男は慌てて首をふった。
「ノー、泥棒ジャナイ。ワタシ、サンタクロース」
泥棒という言葉を知っている割には、片言だ。にわかには信じがたいが、クリスマスイブに一人ぼっちの俺にとっては、いい暇つぶしになる。少し相手をしてみることにした。「サンタクロースって、子供のいる家に行くんじゃないの? 俺、大学生なんだけど」
「子供大人、関係アリマセン。サビシイ人、プレゼント、アゲル」
今の俺は、確かにさびしい。かといって、知らないオッサンに突然来られて、プレゼントも貰っても嬉しくねえよ……。と思ったが、黙っていた。俺は話を変えた。
「今時の子供って、何を欲しがるの?」
「最近スマホ、ゲーム。夢ガナイ」
サンタはがっくり肩を落としている。本当かどうかはわからないけれど、少し気の毒になってきた。
よし、それならサンタが喜びそうなものを、俺がリクエストしてやろうじゃないか。夢のあるものを……。
でも夢ってなんだろうな。子供の頃、家族で過ごしたクリスマスを思い出した。ああ、あの頃は、父さんも母さんもいて……。たくさんのごちそうが、テーブルに並んでいた。もう両親は死んでしまった。
「死んだ親のところに連れてってよ。おふくろの手料理食べたいわ」
俺がそう言うと、サンタは困ったように首をふった。
「ソレハ、ダメ」
「なんでだよ。サンタクロースって、元々は死神みたいなものだろ。本に書いてあったぞ」
「違イマス。誤解デス」
そんな話をしていると、お腹がぐうっと鳴った。とりあえず、食べ物もらおう。今、冷蔵庫の中には何もない。
「白いご飯出して。食べたい」
「オーケー」
「あっ、ちょっと待って。小分けに保存して、長く食べられた方がいいや。レトルトパックのある? レンジでチンするやつ」
すると、サンタは袋の中から、レトルトパックに入ったご飯を一週間分出した。
すごい。これで、次のバイト代までしのげる。でも白飯だけだと、ちょっとさびしいな。
「味噌汁もある?」
「オーケー。熱々用意シマス」
「あっ、いや。味噌汁も、小分けにできた方がいい。フリーズドライの持ってる? お湯を注ぐと、味噌汁になるやつ」
サンタは一週間分の、フリーズドライの味噌汁も取りだした。
「ありがとう。俺、これで十分だわ」
「残念。アナタ、夢ナイネ」
サンタに言われてハッとした。確かに夢がない。俺が、現実問題として切実に欲しいものばかりだ。
「アナタ、家族」
「いないよ。天涯孤独ってやつ」
サンタはおれをじっと見て、こう言った。
「アナタ、サンタクロース、ヤル?」
「ええっ!」
俺は考えた。自分がサンタになって、今の世界から消えたとして、悲しむ家族はもういない。友達はいない訳でもないが、俺がいなくなった所で、気にも留めないだろう。
このまま、一人で生きていくより……。
そう思った時、サンタからもらった、レトルトご飯と、味噌汁が目に入った。俺がいなくなったら、捨てられちゃうのか。
「さっき出してくれたご飯。あれ食べたいから、今回はいいわ。来年また来て」
「オーケー。アナタノ幸セ、祈リマス」
サンタは俺に微笑むと、窓を開けた。窓の外に、トナカイが引くソリが浮いている。
「ハッピーメリークリスマス!」
サンタはまたそう言うと、ソリに乗って夜の闇に消えた。
生きていても、何もいいことはないと思っていたけれど、こんな奇妙な出会いがあるのなら、まだ人生捨てたもんじゃないな。
「ハッピーメリークリスマス」
俺は一人つぶやいて、そっと窓を閉めた。