阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「戦争ツアー」荻野直樹
不謹慎だと言われるかも知れないが、自分に影響が全くない戦争を第三者として見物するのはとんでもなく面白いものだ。
私は心地よい興奮に浸りながら、ホテルのバーで一杯やっていた。あちこちに地球人の姿が見える。一緒のツアーで来た客達だ。みんな私と同じように紅潮している。
「地球の方ですか?」
カウンターの私の隣に座りながら、この星の住人が声を掛けてきた。赤黒い肌と異様に尖った耳、額から生えた昆虫のような触角を除けば、我々地球人と余り変わらない。
「そうです。今日は惜しかったですね」
私は答えた。最新の星間翻訳器を使っているので、ほとんどの星で会話が可能だ。
「なに、明日は反撃にでます。最後に勝つのは我々ですよ」
今まさに、この星は戦争状態にある。私の隣に座っている種族と、もう一つの種族が、星を二分して争っている。私は遠く地球からその戦いを見物に来たのだ。
この世紀に入って、地球では戦争は娯楽になった。もちろん地球人同士や、地球人と異星人の戦争ではない。遠く離れた星で勃発している異星人同士の戦争である。超高速航法を使い、はるばる地球から、異星人達の大迫力の戦争をすぐ近くから見物するのだ。地球人は特殊なバリアで完全に防護されているから命の心配は全くない。また、どちらが勝とうが、遥か遠くの星での出来事なので、地球には何ら影響がない。一部には倫理的に問題視する者もいたが、自分や地球の安全が完璧に保障されているのであれば、戦争ほど心躍る娯楽はないと、この「戦争ツアー」はほとんどの地球人には好評であった。
「おたくの星では、もうとっくに戦争は起こらなくなっているそうですね?」
異星人が尋ねてきた。
「そうです。もうかなり前から、戦争は発生していませんし、おそらくこれからもないでしょう。殺人事件や小さなテロは無くなった訳ではありませんが」
超高速航法が発見されて以来、人々の関心は銀河へと向かった。最初の地球外生命体とのコンタクトを経てからは、人類で争っている場合ではない、人種を越えて我々は地球人なのであるという意識が高まってきた。国連は発展的解消の末に、地球連盟という組織に生まれ変わり、戦争は地上から消えた。
「それでは、兵器や武器を作っていた軍需産業は困ったでしょう?」
異星人はさらに聞いてくる。戦争の最中である彼等にしてみると簡単には理解できないのだろう。
「その通りです。しかし、地球連盟が全ての武器や兵器を買い取り、代わりに超光速航行用の宇宙船やらを造らせる事にしたようです。銀河旅行や戦争ツアーを手掛けている所もあるようですが」
異星人はしばらく私を見つめていたが、やがて立ち去って行った。そして、今度は別の地球人に話しかけている。
「なんだい。無礼な奴だな」
私は思わず呟いた。
カウンターの向こうから異星人のバーテンダーが声を掛けてきた。
「だんなは間違われたよ」
私はカクテルのお代わりを頼みながら、でっぷりと太ったバーテンダーに言った。
「誰にだい?」
「武器商人ですよ」
「なんだって?」
バーテンダーはグラスを私の前に置きながらささやいた。
「御存じないのは当たり前だが、この星の連中の間じゃ、武器は地球から買うのが常識になっているよ。何と言っても、威力があるし丈夫な割には軽量だから。少々、お高いのが問題だがね。でも戦争に勝つ為にはしかたがない」
「この中に武器商人がいるのかい?」
私は辺りにいる地球人達を盗み見た。
「確実にいるよ。ツアー客に紛れて、自分達の売った武器の成果や、次に売り込む武器の選定をしているのさ」
「まさか、信じられないよ」
バーテンダーはにやにやと笑いながら、カウンターの下から、レイガンを取り出して私の前に置いた。メイドインアースの刻印がしてある。
「これは護身用に買ったよ。さっきの話の武器商人達、地球で売れなくなった武器を他の星で売っているのさ。戦争をしている星に武器を売りつけて、さらに戦争ツアーでも大儲け。これは本当かどうか、知らないけど地球連盟も黙認しているらしいよ。まったく、戦争はいい金儲けになるものだね」
私は茫然とした。カクテルが急に不味くなってきた。