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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「戦争と人格」村木貴昭

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第52回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「戦争と人格」村木貴昭

山口県の日本海に面した静かな町で耕作は妻と幼い娘の三人で平凡な日々を送っていた。

夜、耕作がいつものように布団のうえで娘に絵本を読み聞かせていると、ぐらりと家が揺れた。地震だ。すぐに収まったが不安がよぎる。ローンが残るマイホームが心配だ。

一ヶ月が経ち、地震があったことなんか忘れていたときだった。二〇二〇年六月。必ず起こると予見された南海トラフ地震が日本を襲った。その規模は凄まじく推定マグニチュード9。未曾有の激震は関東から近畿にかけてインフラを遮断、日本を混乱の渦に陥れた。

耕作が住む地域は幸い地震の影響は少なかったが、ネット情報で被害の甚大さを知り、また隣国が救助活動のため上陸したということを知った。一日も早く元の世界に戻ってもらいたい。だがなぜか情報はその後一切入らなくなった。通信が麻痺したのだろうか。

震災から一週間経った日の夕方。町内に住む男性が会館に集められた。会館には青ざめた表情の町内会長がいてその横に市の職員と迷彩服を着た自衛隊の将校らしき人物が付き添っていた。どちらも深刻な顔をしている。

「とんでもないことになってるらしいですよ」

隣に住む本城さんが耳元で囁いた。

え、驚く耕作に本城さんはさらに続ける。

「被災地に救援に入った国の連中がこれから日本を自国の領土にするなんて勝手なこと言い出してるみたいなんですよ」

うそだろ。それじゃ日本はどうなるんだ。耕作が信じられないでいると、町内会長の挨拶のあと、自衛隊員から詳しい説明があった。その説明は本城さんが話した内容とほぼ同じだった。つまり救助にきた隣国が侵略行為を始めたというのだ。耕作はせっかく築いた幸せに暗い影が迫っていることを感じた。

「そういうわけで、とにかく男性の力が必要です。連中は大阪に拠点を構えようとしている。大阪では男性が強制労働、年寄りは生きたまま埋められ、若い女性や子どもはどこかに連れて行かれているようです。これは絶対に許せない。今こそ長州魂を燃やすときです」

自衛隊員は血を吐くように熱弁を奮った。

「俺はやる」本城さんが立ち上がった。本城さんは最近奥さんと娘さんが家を出て行った。それが大阪だということを耕作は知っていた。

行くしかないんですよね。本城さんの声につられるように男性たちが立ち上がった。みな表情は泥のように暗い。

「ありがとうございます。一刻の猶予もありません。明日、トラックで迎えにきます。そのまま大阪に向かいますので、最低限の手荷物を持って集まってください」

家に帰り妻に事情を説明すると、「冗談でしょ」と妻は笑ったが、耕作の真剣な眼差しに涙を浮かべると娘を見つめた。

何も知らない娘は楽しそうに人形で遊んでいる。急に娘が振り返った。「あ、お父さん。帰っとったん。ねえ、一緒に遊ぼ」

堰を切るように耕作の目から涙が溢れ出た。

翌日、耕作は変わり果てた大阪の地に立っていた。遠くで爆発音が聞こえる。本当にここは日本なのか。夢であってほしかった。

地上戦が展開する大阪には本城さんも一緒だった。耕作は炊き出し係を任命されたが、本城さんは猟友会に所属していた実績を買われて地上戦に駆り出された。

「行ってきます」朝、地上戦に向かう前、耕作にだけぼそぼそと言い残して本城さんは出て行った。耕作は不安な思いで見送った。

「無事に帰れました」夕方、本城さんは帰ってきた。体が一回り縮んだように震えている。

「大阪は壊滅状態です。やつらが軍事拠点を構えている場所は梅田付近です」

その後も本城さんは地上戦に駆り出された。

一ヵ月後、本城さんに会った。だけどもう本城さんは耕作が知る本城さんではなかった。

「ひとを撃ちました。ライフルで。頭に命中した瞬間、脳みそが弾け飛びました。トマトを壁に投げつけたみたいに」

目が正気じゃなかった。小刻みに震える瞳には感情が消えていた。もう何のために戦っているのかわからなくなっている目だ。

知り合った仲間たちは連日侵略者を撃退すべく地上戦に向かった。耕作はある日「これを頼む」と友人から人形を預かった。地上戦のさなかに見つけたものらしい。耕作の娘と同じぐらいの娘がいるというその友人は自分にもしものことがあったら渡してほしいと言って住所が書かれたメモと一緒に渡してきた。

その友人はあっけなく死んだ。侵略者の空爆を食らったのだ。長州軍は減る一方で、ついに耕作も地上戦に参加するよう命じられた。

戦争でなにもかも狂った。死のうが殺そうがなにしたって事件にすらならない。耕作は激戦区に降り立った。瓦礫の向こうでは閃光とともに爆発音が鳴り響く。もう終わりだ。自分が死んだら家族はどうなるんだろう。娘に会いたい。耕作は友人から預かった人形を握りしめた。