阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「健康な戦い」水曜
「熱よ出ろ、熱よ出ろ、熱よ出ろ!」
一心不乱に念じながら、冷水をかぶる。
そろそろ季節は冬にさしかかっていた。早朝は凍えるような寒さだ。
そんな中で、私は素っ裸だった。
「熱よ出ろ!高熱よ出ろ!風邪をひけ!」
井戸から水をくんでは、また頭から一気にあびる。他人が見たらさぞや、不思議な光景にうつることだろう。
うすらでかい男が一人。
朝っぱらから大声で叫び。
何度も何度も水浴びをしているのだ。
それもここのところ、毎日のことである。
「頼む!風邪をひけ!こじらせろ!重症になれ!」
だが、私は他人の目など気にしていられなかった。
こっちは真剣そのもの。
一心不乱に水を汲んでは浴び汲んでは浴び汲んでは浴びを繰り返す。
体は悲鳴をあげ。
次第に意識が遠くなっていく。
だが、ここで止めるわけにはいかない。
「絶対に、戦争になんか行ってたまるか!」
そう。
この過酷な戦時下。
隣国との関係は悪化の一途をたどっている。
若い男達は次々と徴兵されていき、ついに私のところにもお呼びがかかってきてしまった。
冗談ではない。
確かに私は図体はでかいが、争いごとは大の苦手だった。何とか入隊を逃れようと、私は無い知恵を絞りこんな真似を続けている。
「はあはあ……これだけやれば……いや、まだまだ!」
身体に重大な異常のある者は、徴兵を免除される。前線に出るのは無理だと判断されるために、心身を酷使しなくてはならなかった。
意気地がない、卑怯者、弱虫と罵られようが、かまわない。私は戦いたくない一心で、この不毛な苦行を狂ったようにやり通した。
だが。
三日経ち。
一週間経ち。
一か月経っても。
一向に効果がでる兆しはなかった。
生まれつき頑丈な体が恨めしい。風邪どころか、くしゃみ一つ出ず。何なら、以前よりも調子が良いくらい。
これはいけないと、回数を増やしてみたが無駄な努力は水の泡と消えた。
「ああ、どうすれば良いんだ……」
そして、とうとう身体検査の日が来てしまう。努力の甲斐もなく、私の体は健康そのものだった。ここで問題なしと下されれば、軍隊に入ることが決定してしまう。
「こうなったら……仕方ない」
私は支給された銃を手にして、自分の右足へと向けた。そうだ。あんな遠回しな方法をとらなくても。この引き金を引けば、手っ取り早く重症を負うことが出来る。
もしかしたら一生背負うことになる障害と引き換えに、命がけの戦いにいかなくて済む。
いつの間にか銃口がぶるぶると震えだす。
手が言うことをきかず。
照準が定まらない。
撃て。
撃つんだ。
ここで撃てない奴が、戦場で人を撃てるわけがない。
いや。
そもそも戦いに行かないためにやっているのであって。
人が撃てないから、こうなっていて。
だから。
しかし。
それで。
……頭のなかはぐちゃぐちゃになり、矛盾した思考が渦を巻く。
不意に胃からこみあげてくるものがあり、私は崩れ落ちてすべてを吐き出した。
嗚咽が止まらず。
私はずっと涙を流しながら、検査を受けることとなった。
すこぶる健康体であると太鼓判を押され、各種手続きは滞りなく進む。配属が決まったのは、最も過酷だと噂される隊だった。準備期間はあってなきがごとく。
迎えた入隊日。
皆がむせび泣き。
私は手を叩いて笑った。
この日、我が国の無条件降伏が宣言された。