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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「トイレに隠して」樹ほう

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第50回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「トイレに隠して」樹ほう

夫はトイレが長い。

付き合っていた頃からそうだった。しかし結婚して二十年。どんどんひどくなってきている。

若い頃は、一日に二回ほど。十分くらいしたらでてきていたのに。今は一日に五、六回と回数も増え、時間も長いと三十分はでてこない。

私が心配するのは、夫が十年ほど前に痔の手術をしたからだ。

もしかして、また痔が再発して、痛くてトイレに時間がかかっているのかしら。

でも夫は何も話そうとしない。聞いてもこたえてくれないし、こっそり様子をうかがいたくても、トイレには必ず鍵がかかっている。

娘の優に相談してみたものの、「お母さん考えすぎ」としか、言ってくれなかった。私だって考えすぎたくない。しかし、トイレから出てくる夫は、必ず疲れきった顔をしている。

私はますます心配になった。

不安にかられて、インターネットで痔や大腸の病気について調べまくった。夢中になって調べていると、いつの間にか夫がうしろに立っていた。

「すまん、話があるんだ」

夫がいつになく真剣な顔をしている。

「はい。あの、もしかしてトイレのこと?」

「ああ。お前にはもう隠しておけないと思ってな」

ついにきた。ああどうか悪い病気じゃありませんように。せめて痔の再発でありますように。

「実はな、俺はトイレでヒーローになっているんだ」

「は?」

「だからな。トイレでヒーローに変身して地球を救っているんだ」

「は?」

「いや、は? ではなくてな。あっ、呼び出しがかかった。ちょうど良い機会だ、ついてきてくれ」

夫はそう言うと、私の手をつかみ、トイレへとつれていく。そして、書くのも恥ずかしいセリフを言い、「変ッ身ッ!」とさけぶやいなや、白いタイトスーツに変身していた。

「じゃいってくる」

近頃では見たことのない凛々しい顔をした夫は、勢いよくトイレの中にとびこみ、いってしまった。

トイレの床にへたりこむ私。

「病気じゃなくて、良かった…」

しばらくして、疲れきった顔の夫がトイレから戻ってきた。そして私にすべてを話してくれた。

夫の話によれば、夫は私と出会う前から、ヒーローとして戦っていたらしい。しかし度重なる戦闘。体にはもちろん、ダメージが蓄積される。夫は特にお尻にダメージが集中し、痔になってしまったのだそうだ。なんとか痔の手術を終え、ヒーローに復帰したものの、五十歳を前に体力が落ち、一度の変身では敵を倒せなくなってきていたそうだ。俺もそろそろ引退かな、とさびしそうにつぶやく夫。

私に秘密にしたまま、二十年以上もヒーローとして頑張っていたなんて。私は夫がとても愛しくなって、思わず抱きしめた。

「まだ四十九歳じゃない。あの白いタイトスーツはちょっと変だけど、あなたすごいわよ。私、感動しちゃった。引退なんて言わないでもうちょっと頑張ってみましょうよ。私にできることなら協力するから」

「おまえ……」

夫が涙声になっているのがわかる。

その時ガチャと、玄関のドアがあく音がした。見ると優が立っている。今日は高校から早く帰ってきたようだ。トイレで抱き合っている私達夫婦を少し驚いた顔でみたものの、「二人で何抱き合ってんの。ていうかお父さん、その服変」

と言っただけで、通りすぎようとする。

するとすかさず夫が立ち上がり、優の腕をつかんだ。

「優、お前に話さなければならないことがあるんだ。一緒にお父さんとトイレに入ってくれ」

いつになく強気な夫に優は圧倒されているようだった。が、すぐ

「無理無理無理。別に話さなくていいから。トイレに二人っきりとか、本当に無理」

と言って夫の腕をふりほどき、自分の部屋へといってしまった。

残された夫は、心底悲しそうな顔のまま、トイレに入ると、カチャンと鍵をかけた。