阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「甘い修羅場」須堂修一
「今度中途入社で入った田中さんて、今まで数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者らしいで」
「へ~凄い人が入ったんやな、早速仕事ぶりを見せて貰うやないか」
※
「なんやねんな、全然あかんやないか。これっぽちも仕事できひんやん」
「ほんまやなあ、挨拶一つまともにできへん、書類一枚書かれへん、パソコンどころかコピー機もよう使われへんってどういう事や。まあこの人手不足のご時世にそんな優秀な人が簡単に来てくれる訳ないとは思とったけどな」
「まあなあ、無遅刻無欠勤で真面目やねんけどなあ、あら使い物にならへんな」
「人事で聞いてんけどな、あほの人事部長が学歴と人当たりのよさそうな外見で決めたらしいで、大学はええとこ出てるらしわ」
「なんじゃそら」
「ほんでな、数々の修羅場を潜り抜けた猛者って言うてたやろ、あれな、田中さん、ああ見えて女好きらしいてな、本命の彼女がおるのに、他の女にも手出すらしいんよ、またそれがすぐ本命の彼女にばれてなあ、浮気現場に本命が乗り込んできて、えらい修羅場になるのがしょっちゅうらしいわ」
「それで『数々の修羅場を潜り抜け』かいな、しょうもないやっちゃな」
「まあ、そういう事やから、あんまり大事な仕事を任せたらあかんで」
「そうは言うても人手が足りんからなあ、何とか出来る事をやってもらわんとな」
※
「びっくりしたなあ」
「ほんま、びっくりやな、まさかあの田中さんがあんな大きな契約取ってくるやなんてな」
「ああ、本契約はまだやけど、もうほとんど決まったも同然やからな、社長もえらい喜んで、褒めちぎってたがな。冬のボーナスは田中さんのおかげでぎょうさん出そうやな」
「ほんまや、ありがたいこっちゃ、でもどうやって、契約取ったんやろ、先方の専務さん、えらい堅物で、うちの部長やら社長やらがなんぼ通い詰めても頑として首を縦に振らへんかったのになあ、もう半分あきらめて物は試しに田中さんを行かせたら、あっさり契約取ってくるんやもんな」
「それがな、向こうの専務さん、女性やろ」
「ああ、そうやな、堅物すぎて忘れてたけど
確かに独身女性や、少々とうは立ってるけど」
「落としたらしいで」
「え、落としたって、田中さんが、あの専務さんをものにしたって事かいな」
「そうやねん、専務さん、もう田中さんにメロメロらしいわ」
「でも本命の彼女がおるって言うてたやろ」
「少し前に愛想つかされて別れたらしい」
「そうかあ、まあ、本命がおって、浮気ができるいう事は、それだけもてるいう事やからなあ。それを仕事に活かしたいう事か」
「そう言う事や、これで契約取り放題やな」
「そうやねん、それで田中さん出世しそうや」
「そうか、そしたら、もう気軽に田中さんって呼ばれへんなあ」
「そうそう、田中課長とか田中部長て呼ばなあかんようになるで」
「まあええがな、仕事出来んでも契約さえ取ってきてくれたらよろしいわ」
「そう言うこっちゃね」
※
「田中さん、あかんかったなあ」
「せやなあ」
「ボーナスどころか、来月の給料も出せるか分からんって社長が青い顔で言うとった」
「そらそうやろ、あんな事したらなあ」
「まさか専務さんの女秘書に手え出すとはな」
「それもあっという間にばれてしもうて」
「ほんま、ちょっとは隠す努力せんかいな」
「秘書とベッドインしてるとこに専務さんが乗り込んで、えらい修羅場やったらしいで」
「新しい契約どころか、今までの契約も全部取りやめやて専務さん息巻いてるらしいわ」
「このままやと、会社潰れかねへんな」
「ほんで、肝心の田中さんどこ行ってんな」
「専務さんが怒鳴り込んできた瞬間、真っ青になってる秘書ほったらかして慣れた様子で服抱えてとっとと逃げたらしいで」
「なんじゃそら」
「本人はいたって平気な顔で、辞表だけ社長の机の上に置いて帰ったらしいわ」
「かなんなあ」
「何でも、本命の彼女とより戻して、またどっかよその会社に潜り込んでるて」
「そこでも同じような事するんやろなあ、そら一つの会社に腰落ち着けられへんわ」
「ほんま、ほんま、でもかき回されたこっちはあとかたずけが大変やがな」
「こっちがほんまの修羅場やんなあ」
「そう言う事やね、ま、頑張って乗り切ろや」
「やってられへんけど、やらなしゃあないか」
「そういうこっちゃ」