阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「戦いはこれからだ」田辺ふみ
「わたしが恋人の宮野愛です」
宮野がはっきりと宣言する。
「あー、あなたが元恋人の宮野愛さんですね。わたしが今の恋人の白石明日香です」
白石の言葉は宣戦布告だ。
宮野の目がつり上がった。
「誠さんは今もわたしの恋人です。あなたはただの浮気相手って言ってました」
「誠さんは優しいから、本当のことが言えなかったんですよね。宮野は怖いから、別れを切り出せないって、誠さん、いつも、言ってました」
「怖い?何を馬鹿なことを言っているの?ねえ、誠さん」
宮野が俺の隣にいる誠に話しかけた。
誠は大きくうなずいている。
「誠さん、本当のことを言って。大丈夫。わたしがあなたを守るから」
白石の言葉にも誠はうなずいた。
まったく、誠という奴はどうしようもない奴だ。
宮野とは三年もつきあって、そろそろ、結婚するかもと思っていたのに浮気。
まあ、友人としては悪い奴ではないから、こうやって、話し合いの場所を提供して、立会いまでしているわけだ。
ただ、誠にどちらに対して本気なのかとたずねても、決められないと言う。
それも仕方ないかもしれない。
横で見ている限り、宮野と白石はまったく同じタイプだ。きれいで気が強くて。そして。
バチッ。
宮野の平手打ちが白石の頬に決まった。
次の瞬間、白石も平手打ちを返していた。
「おい、やめてくれよ」
誠が心細い声を出した。
宮野も白石も聞いていない。
宮野の右が白石のボディを狙った。白石はその手首をつかみ、引きながら、足払いをかける。
宮野はよろめくと、そのまま、体重をかけて、白石を押し倒す。
「おい、二人を止めてくれよ」
誠が俺に頼むが、そんな生易しいものではない。
この父の道場で小さい頃から柔道をやらされていただけで、俺は強いわけではない。
それに比べ、この二人は明らかに強い。
宮野はボクシングっぽいスタイルだが、今、床の上で絞め技をかけているのを見ると、柔道経験もあるのかもしれない。
白石は空手系だろうか。それでも、うまく絞め技から抜け出し、立ち上がった。
おっと、回し蹴り、連続。
当たった!
それでも、宮野は倒れない。
動いていると、筋肉がよく発達しているのがわかる。
誠のような優男がこういうたくましい女性を好きになるのは、自分にないものを求めているのだろうか。
バシッ。
バン。
拳や蹴りが入っても、二人とも倒れない。打たれ強さもあるようだ。
「あきらめなさい。誠さんが愛しているのはわたし」
「いつまでもつきまとわないで。わたしたちは愛し合っているの」
会話しながら、激しい戦いが続く。
ガラッ。扉が開いた。
「お前たち、何をやっている!」
現れた父の大音声に宮野と白石の動きが止まった。
「父さん、今日は道場が空いているから、使っていいって、言っただろう」
俺の言葉に父はむっとした。
「けんかに使っていいとは言ってない」
「けんかじゃありません」
宮野が口をはさんだ。
「お互いの本気を、どちらの愛が強いのかを探っているのです」
父が俺の方を見たので、慌てて、俺じゃないと手を振った。
「すみません、僕の彼女なんです」
誠が頭を下げた。
父がたずねる。
「どちらが彼女なんだ?」
誠の目が泳ぐ。
父はにやりと笑った。
「お嬢さんたち、戦って、本気を確かめたいなら、相手を間違ってるよ。愛の強さは彼氏に確認しないと」
宮野と白石が顔を見合わせ、それから、キッと誠の方を見た。
誠が俺の後ろに隠れようとしたので、俺は気づかないふりをして、距離をあけた。
宮野が右の拳で左の手のひらを軽く叩いた。
白石が肩をぐるぐると回す。
二人はゆっくりと誠に近寄った。