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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「夫婦喧嘩」矢野クニ彦

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第49回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「夫婦喧嘩」矢野クニ彦

「あんた、何時と思ってんのよ!」

玄関を開けるなり嫁の怒鳴り声が飛んできた。酔っぱらっているので素面の時に聞くほど強烈ではないが、もちろん気持ちのいいものではない。

「さあ、何時だろうね。それほど早い時間でもないと思うが」

「ふざけるんじゃないよ! もう午前様だというのにその言いぐさはなによ!」

「まあまあ、よし子、そんなに大声を張り上げたら子供たちが目を覚ますぞ」

「なんだと! あの子たちはおまえみたいな酔っ払いの子なんかじゃないよ!」

毎晩のように会社帰りに一杯やってくる高雄に弁解の余地はなかったが、今夜のよし子の怒りはいつも以上だった。

「わかった、わかった。明日はまた早いからもうそのくらいにしときなって・・・」

ガツン!

高雄はいきなりよし子に頭を殴られた。子供のおもちゃのプラスチック製のバットだったが、それなりの衝撃があり、クラクラときて跪いた。

「おまえな、気持ちはわかるが何も殴ることはないだろうが」

酔っている上に頭を殴られて、高雄はズルズルと這いながらリビングへ向かう。そこへさらなる一発が後頭部へ。

「うっ! やめろって!」

高雄は思わずソファーの上にあったクッションをよし子に投げつける。

「ほら、もう一発!」

よし子は投げつけられたクッションをひらりとよけると、さらに後頭部を殴りつける。

「痛っ!」

ソファーで後頭部をガードする両手、それにもお構いなしによし子の容赦ない殴打は続いた。

「うっ! このクソ女め!」

少しは気がおさまったのか、よし子はようやくバットを投げ捨てその場を離れた。高雄はなんとか当面の危機を脱し、ほっとひと息つくが酔いがさらに回り、ソファーにドッカと仰向けに寝転がった。

「くそっ、あの野郎め・・・」

背広姿のままで寝息を立て始めたかと思うと、まもなくして寝言が飛び出してきた。

「よし子、このままじゃ済まさんからな」

怒りがおさまらないまま眠りに落ちてしまった高雄だったが、早くも夢の中でよし子と向かい合う場面を迎えていた。少しもやがかかったような薄暗い世界で、よし子も望むところとばかりに高雄を睨みつけ、右手にはおもちゃのバットではなく本物の剣を握りしめている。

「ふふ、よし子、おまえもやる気十分だな」

高雄もよし子同様、右手に持っていた剣を静かに振り上げてはいきなり駆け寄り、頭上から降り下ろす。

「死ね、よし子!」

高雄の勢いにさすがのよし子も万事休すかと思われたが、いやいや、よし子も負けていない。高雄の剣をはね返したかと思うと、一気に首をはねてしまった。そのタイミングでソファーから床にゴトンと落ちてしまった高雄だったが、夢の中ではなかなかしぶとかった。

「首はなくとも俺は戦える」

首なし高雄が新たに手にした槍で再びよし子に電光石火のごとく襲いかかり、腹部を一刺し。その場に崩れ落ちたよし子を見ながら、近くに落ちていた首を元の位置に戻して高笑い。

「ははは、よし子、おまえもここまでだな」

「ふん、そんなわけねえだろ」

うつ伏せに倒れていたよし子はガバッと起き上がっては、血だらけの両手で高雄の顔をむんずと鷲づかみしては鬼の形相で睨みつけた。

「よ、よし子、何する気だ?」

高雄が一言発した瞬間、首を捻ってもぎ取った。

「えっ、そんな馬鹿な・・・」

再び首なしの高雄はその場に崩れ落ちながらも、その体勢からよし子の両足首を掴んだまま立ち上がり、ハンマー投げでもするかのようにブルンブルンと振り回し始めた。

「首はなくとも胴体あり!」

高雄は得意満面でよし子を何度も振り回しては遠くへ投げ飛ばした。床の上の高雄といえば、狭いスペースで寝返りを打ち大きないびきをかいていた。

 

「おいこら、起きろ」

背広姿のまま朝を迎えた高雄はその一声で目を覚ましたが、なんとなく体が軽く感じられた。ただ目の前は真っ暗で、指先にだけ感触があった。

「まさか俺、首なしのまま?」