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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「紅葉狩」名梨夢之介

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作文・エッセイ
結果発表
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第48回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「紅葉狩」名梨夢之介

武彦は雨男だ。肝心な時に決まって雨にたたられる。旅行に出かけると待ちかまえたように雨が降り出すのだ。そう言えば、大学の入学式の時も雨に降られ、数年前の入社式の時も雨にやられた。

(どうしようもない雨男だな、俺は)

彼はすっかり自信をなくしている。

(まさか、今度の土曜日も雨になるんじゃないだろうな)

彼は内心穏やかではない。と言うのも、今週の土曜日に美紀とのドライブを控えているからだ。それも、彼女との初めてのデートだ。名所となっている渓谷に車で紅葉狩に行く予定になっている。

この渓谷は今がちょうど見頃で、山間部に向かって車で三十分程走れば到着する。散策コースを歩きながら紅葉を楽しむこともできるし、吊り橋をわたって間近に紅葉を鑑賞することもできる。週末には観光バスも各地からやって来て賑わいを見せる。

(どうか降らないでくれ……)

彼は恐る恐る空を見上げている。

何と言っても彼女との初めてのドライブだ。抜けるような蒼い空のもとで、彼女と一緒に紅葉狩を心ゆくまで楽しみたい。そのために彼は六十回払いのローンを組んでハイブリッドの新車を購入した。パールホワイトのボディが目映い。

そうだった、そのハイブリッド車を購入した日も、大安吉日にも拘わらず小雨がちらついていた。よくよく雨に取り憑かれているようだ。しかし、デートの日だけはどうあっても晴れてほしい。晴れなくても雨にはなってほしくない。

ドライブの日が近づくと、ますます空模様が気になってくる。テレビの天気予報を見ると、どうやら天気は下り坂のようで、山沿いの地方では週末は所によっては曇りから雨に変わるだろうとのことだ。彼は不安そうに空を睨んでいる。

彼は車で会社に出勤する時、窓から空を覗く。どころか、社内でも暇さえあれば窓から空を眺めている。

「おい、何を見てるんだ」

と同僚が不意に訊いてくる。

「UFOでも見えるのか?」

すると武彦は、慌てて、

「いや、ちょっと気分転換と思ってね」

などと、苦しまぎれの言い訳をして同僚の失笑を買う始末。

金曜日になると彼はますます落ち着かなくなる。会社帰りの車の中で、ハンドルを握りながら、翌日の天気を気にしている。

(何だか悪くなりそうだな……)

彼は、ぶつぶつ独り言をつぶやきながら悲観的になってくる。

(この分では、あしたは雨かもな……)

アパートに着いてからも心は休まらない。

(どうか、あしたは晴れますように)

合掌して祈願する。

(雨にはなりませんように)

床に就いてもなかなか眠れない。何か音が微かに聞こえてくるようだ。厭な予感がする。窓を開けてみた。

雨だ。雨が降り出したのだ。

(またか!)

彼は雨を呪った。

明日の待ち合わせは駅前のロータリーだ。十時の約束。彼は眠ろうとしたが、雨が気になって眠れない。

雨足がしだいに強くなってベランダを打ちつけるようになった。

(あしたは中止だ……)

彼は、すっかり諦めた様子でベッドに横になっていたが、そのうちうとうと眠り込んでしまった。

 

ふと、気がつくと朝になっていた。急いで窓を開けると、まだ雨が降りしきっている。

(もう、完全にだめだな)

彼は、スマホを取り出すと、美紀宛に弱気のメールを打った。

〈きょうは中止にする?〉

すると、

〈大丈夫。行きます〉

と折り返し、返信があった。

(えっ、冗談だろ)

彼は、また外を見ると、意外にも西の空から雲が切れ始めているではないか。それからみるみるうちに蒼い空が広がり出した。彼は嬉しくなり、ハイブリッドに乗り込んでロータリーに向かった。

美紀が笑顔で手を振っている。ドアを開けて彼女を迎えた。

「きょうは雨でだめかと思ったよ」

彼が言うと、彼女は、

「雨は絶対に上がると思ったわ」

と自信満々に答える。

「だって、あたし、晴れ女なので」