文章表現トレーニングジム 佳作「こっそり食べたお菓子」瀬音秋
第23回 文章表現トレーニングジム 佳作「こっそり食べたお菓子」瀬音秋
五歳だったと思う。何処からか家に贈答品として送られてきたお菓子の缶をこっそり開けたことがある。良い匂いのする模様の違うクッキーを全種類一枚ずつの盗み食いをした。
親にばれたらこっぴどく叱られる。恐怖心にあおられた私は細心の注意を払って包装紙を包み直し、留めてあったセロテープも一分の隙なく張り戻した。惚れ惚れとする完璧な出来栄えだった。
実際、親も私の悪事に微塵も気付かず、不良品を掴まされたのだと製菓会社にクレームをつけた。すぐ、製菓会社の人が二人、電車に乗って参りましたと玄関先まで新しいクッキーの箱を持って謝罪に来てくださったのだ。
正直心は痛んだものの、徹底的に嘘をつき通せば、とろけるように美味しいお菓子が二倍食べられたという現実。それが私のメンタリティを歪ませたのかもしれない。
大人になって、「あなた、日本人? 嘘でしょ」といわれる人間になった。自分なりに心を尽くして人と関わっても、気づけば顰蹙を買ってしまう。常識が身につかず、感情のコントロールが出来ない。仕事にならぬわ。恋にならぬわ。
恥ずかしいので年齢は伏せるが、もはや生活保護に頼るほか生きてゆく術を見出し難くなってきた。さすがに改悛し、来世は何に生まれ変わっても、嘘だけはつくまいと、練習をすることにした。インコを飼ったのだ。インコに嘘はつけない。
「おはよう」と言えば「おはよう」と返す。次第に暖かい濃密な感情を覚えるようになった。正直と信頼感は自分で開拓できると、やっと覚えた。