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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「蜘蛛と糸」市川梨子

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第44回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「蜘蛛と糸」市川梨子

ある夜。

娘はほんの100-150ミリ秒ほどの間に王の目の前から消えた。いなくなったのではなく、まさに目の前から消えた、のである。

王は咆哮し、影という影、闇という闇を光で照らし、蟻塚の中まで探すように命じたが、娘はどこにも見つからなかった。

ある夜。ついに王は吼えた。

「蜘蛛の巣を焼き払え。わが娘を早く救い出さねば命はないものと思え」と。

「西の塔には巨大な蜘蛛が棲みついていて、迷い込んだ者を食っちまうって噂を聞いたことがあるか?」

「東の塔に蜘蛛の呪いがかけられていて、足を踏み込んだものは蜘蛛に姿を変えられるって噂を聞いたことがあるか?」

松明を手にした家臣たちは塔の入り口で顔を見合わせると西と東の二手に分かれて塔の中に入っていった。塔の中には手のひらほどの小さな蜘蛛の巣や、馬車くらいの大きな蜘蛛の巣が無数に張り巡らされている。

「呪われたりしないだろうか」

「不吉なことを考えるもんじゃない。さっさと終わらせて引き上げよう」

家臣たちは松明の炎で次々と蜘蛛の巣を焼き払っていく。銀色の蜘蛛の巣は火の粉を撒き散らしながら灰となって床に落ちた。

「ようやく、解放されたのだ」

それ、は言った。

地の底から聞こえてくるような、冬の夜のようなぴんと張り詰めた低い声。物心ついた頃からずっと聞こえてくる冷たい声の主を探しながら王女は震える声で言った。

「きっとお父様が助けに来てくれる」

「誰も助けには来ない」

それ、は突き放すように言った。

王女は声の主を探したが、蜘蛛の糸がだらりと垂れ下がる以外は何も見えない。

「ようやく、解放されたのだ」

それ、はもう一度言った。

「いったい何をしている!」

背後から聞こえてきた王妃の金切り声に驚き、家臣は持っていた松明を落とした。

「陛下が、蜘蛛の巣を燃やせと」

「愚かなことを。」

足元で松明の炎が揺れる。家臣たちは蜘蛛の呪いの話を思い出し身を震わせた。

「娘が死ぬ。早くその火を消せ」

王妃はうなだれたまま静かに言った。家臣の一人が慌てて松明の火を消した。気味の悪い静けさが広がっていく。

そのとき、西の塔から王の咆哮がした

「さっさと灰を片付けて娘を探せ。壁という壁、床という床、天井や穴の中も探せ」

「愚か者め」

王妃は静かに顔を上げると、窓から身を乗り出し西の塔めがけて飛び立った。

床に額を擦りつけるようにして足元の穴を覗き込んでいた家臣の一人は、ふいに背中に鈍い痛みを感じてうめき声をあげた。

「灰はどこへやった」

背中の上でそれ、は言った。

「灰はみずうみに」

王妃は黒いつむじ風となって湖を目指した。

ふたりの家臣は桶の中の灰を湖に投げ入れた。きらきら光る灰はしばらく水面に浮かんでいたがゆっくりと湖の底に沈んでいった。

黒いつむじ風は灰が沈むより100-150ミリ秒遅く湖に吹き荒れた。

「針はどこへやった」

黒い風の中から現れた王妃に驚いて、家臣は桶を湖に落とした。震える指先が湖を指している。

「ようやく、解放されたのだ」

かつて男だった、それ、はもう一度言った。

「わたしの愛しいひとは湖の底へ」

黒いつむじ風は巨大な蜘蛛となって湖の周りをぐるぐる回っていたが、やがて立ち止まり蜘蛛の糸を吐き出した。巨大な蜘蛛から吐き出される銀色の蜘蛛の糸は人の形になり、やがて王女の姿になっていく様を家臣は震えながら見ていた。

「湖の底から針を見つけたら、王女のドレスの裾に留めつけて城へ連れてくるように」