阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ある休日の朝、瞳の中に」田中
女はアイスコーヒーをストローでかき混ぜていた。氷のジャラジャラという音が聞こえる。
女の向かい側に座っている男は、水を飲んでいた。ただ、水の量は全く減っていないので、ストローを口にくわえていただけ、という方が正しいのかもしれない。
女は物凄い速さで指を動かしながらスマホをいじっている。女のスマホのカバーは、彼女の印象とは違って落ち着いた、地味な感じのものだった。真っ白なケースには何の飾りもついていない。よく見てみれば、髪は茶髪で化粧も濃く、服装も今時珍しいヒョウ柄ミニスカートにピンクのセーターと派手なのに、ネックレスも地味で小さいペンダントトップが付いているだけだった。
男の方は、女よりも年上に見えた。三十前後だろうか。この男も女のイメージとは違った。メガネをかけ、黄緑色のセーターに長ズボンを履いている。いかにも真面目そうだった。やっぱりなぜ一緒にいるのかわからない。この人達は付き合っているのだろうか。
女は半分くらい飲みきったところで、ガムシロップとミルクを足し、カフェオレを飲み続けた。男も水を飲み続ける。
女は未だにスマホで忙しそうにしていた。その前に座る男の目は、女の顔に注がれていた。その目は何かを一生懸命に訴えているように見えた。
何かを必死に訴えることは、無意識に何かを忘れさせてしまうのだろうか、男は自分のグラスが空なのにも気付かず、ストロー加えている。
女は片手ででは物足りなくなったのか、両手で打ち始めた。ドクロマークが書かれたピンク色のネイルが、今にも割れるのではないかと思うくらい凄い勢いだった。
それを見つめる彼の必死な目は、女のスマホに注いでいる。しかし彼の必死な目のほかに、どこか軽蔑したような、そんな視線を注いでいるものがいた。カフェのオーナーが買っている猫だ。普段はこのカフェにはいないが、前に店員の人がエサをあげていたのを見たことがあった。その猫はミーちゃんと呼ばれていた気がする。体は小さめで、顔が小さくスッとしている。
足が細く、目が大きかった。少しキツそうな、鈴のついた赤の首輪をしていた。猫はエサをもらう時間なのか、店の外で待っているようだった。外は雨が降り出しそうで、雲が重くのしかかってくるように見える。
猫は店員ではなく、なぜか女を見つめていた。
女の指が止まった時、男が口を開きかけた。しかし女の指はまたすぐに動き始めた。さっきよりネイルがくすんで、どこかどんよりとしているように見える。男はゆっくりと口を閉じた。
暫くすると、また女の指が止まった。そしておもむろに口を開いた。
「今日この後どこ行く?」
男は何も答えなかった。猫の目にも男の虚しい顔は映っていた。
女はもう一度口を開く。
「ねえ、何でそんな顔してんの?何か機嫌悪くない?」
そう言うと女はまたスマホを手に取り、いじりだした。男の目からは、無が感じられた。
猫の目は、まだ女を見ていた。
その瞳からは物理的な冷たさと何の欲情もない無の光が放たれ、女を刺していた。