文章表現トレーニングジム 佳作「△の方が◯よりも」渡辺隆一
第19回 文章表現トレーニングジム 佳作「△の方が◯よりも」渡辺隆一
「入りませんか?」
すぐ後ろから、女の人に声を掛けられた。僕の意思表示を待たずに、赤い傘が差し出された。僕はもう傘の中にいた。横に並ぶ。微笑んだ彼女の、白い歯がまぶしかった。
高3の6月、最寄り駅で降りての帰り道。小雨が降っていたが、傘がなかったので、僕は歩き出した。黄昏時、80メートル程歩いた所で、声を掛けられた。彼女は中学の時の2つ先輩。確か、名前はFさん。そんな事、初めてだったので、その日は凄く嬉しかった。
そんな甘酸っぱい体験から1ヶ月後、電車の座席で眠っていたら、降りる駅の2つ手前で声を掛けられた。見上げるとFさんだった。不幸か幸か、外は雨が降っている。僕は、傘を持っていない。先日のお礼も含め暫しの談笑。彼女は、短大に通っているそうだ。この間の出来事の、再現なるか?期待は高まった。
「傘ないんでしょ。一緒に帰りましょう」
と言って、彼女が傘を開きかけた時、「パァーン」と、クラクションが鳴った。見ると、緑のベレットGTが停まっている。ちょっとだけ開いたサイドガラスから、ちらっと顔が見えた。Fさんの中学の同級生のKさんだ。「ごめんなさい。それじゃあ」
と言って。彼女は小走りに車に向かった。
自分なりに、今回の甘酸っぱい初体験の、答え合わせをしてみた。自己判断の結果、◯じゃないけど△。「△の方が◯よりも、いい場合もある」と、自分で自分に言いきかせた。